東雲結子:石井先生、見てください! 7社の株主還元、1年で約2,930億ドル、円にして約46兆円だそうです。株主の私にも、そろそろ遅めのお年玉が届きますね!

税理士石井:ふふ、届くとしても、ずいぶん小さなポチ袋かもしれません。7社の還元の主役は、配当ではなく自社株買いなんです。

東雲結子:えっ、自社株買いって、会社が自分の株を買うだけですよね? 私の財布には1円も入ってきませんが……。

税理士石井:ええ。その代わり株数が減って、1株あたりの取り分が増えます。共有で持っているアパートで、ほかの共有者の持分を買い取っていくようなものです。

東雲結子:なるほど。じゃあ、社員さんへのお給料を株で払う「株式報酬」はどうですか? 現金が出ていかないなんて、魔法のお財布です!

税理士石井:うーん、その魔法のお財布、請求書はちゃんと既存の株主に回ってきます。新しい株が増えて、取り分が薄まるんです。

東雲結子:あっ……。知らないうちに、アパートの共有者が増えているってことですか。

税理士石井:そうなんです。たとえばアマゾンは、株式報酬がFCFの約1.9倍もあります。

東雲結子:買い取る人と、増える人が、同じアパートの中で綱引きをしているんですね……。

税理士石井:ははは、まさに綱引きです。今日は、その綱引きでどちらが勝っているのかを、7社の数字で確かめていきましょう。

比較編の3回目は、株主還元です。7社は稼いだお金を、配当と自社株買いでどれだけ株主に返しているのか。そして、社員に株で払う「株式報酬」で、株主の取り分はどれだけ薄まっているのか。投資家の「手取り」に直結するテーマを、数字で確認していきます。

大家業にたとえると、「物件が稼いだお金のうち、オーナーの財布にいくら届くのか」という話です。家賃がどれだけ入っても、知らないうちに共有者が増えていれば、自分の取り分は家賃の伸びほどには増えません。会社の利益が大きいことと、株主1人ひとりの取り分が増えることは、必ずしもイコールではないんです。

株主還元は1年で約2,930億ドル。そのうち約36%がアップル1社

直近12か月の自社株買いと配当の合計は、7社で約2,930億ドル(1ドル156.56円で約46兆円)。そのうち約36%をアップル1社が占めています。

会社 自社株買い 配当 還元÷FCF 総還元利回り(還元÷時価総額)
アップル 907.11億ドル 154.21億ドル 107% 2.64%
アルファベット 557.61億ドル 99.55億ドル 89% 1.74%
エヌビディア 440.81億ドル 9.77億ドル 58% 0.99%
マイクロソフト 199.63億ドル 246.77億ドル 57% 1.24%
メタ 262.48億ドル 52.56億ドル 70% 1.89%
アマゾン なし なし ― 0%
テスラ なし なし ― 0%

時価総額は2025年12月31日の株価で計算。

私がまず目を留めたのは、アップルの「還元÷FCF」が107%になっていることです。大家でいえば、その年のFCF(設備投資を払ったあとに残るお金)を全部オーナーに渡したうえに、さらに上乗せして分配しているようなもの。それでも総還元利回りは2.64%で、株価に対して見ると、決して派手な数字ではありません。

還元のスタイルは大きく3つに分かれます。

タイプ 会社 特徴
還元たっぷり型 アップル、アルファベット FCFの約9割以上を還元(アップル107%、アルファベット89%)
投資と還元の両立型 マイクロソフト、メタ、エヌビディア FCFの6〜7割を還元しつつ、AI投資も拡大
再投資型 アマゾン、テスラ 配当・自社株買いなし。稼いだお金はすべて事業へ

この分かれ方は、大家さんの経営スタイルによく似ています。手取りの大半を受け取る大家さんもいれば、家賃をすべて次の物件に回して規模を広げる大家さんもいる。還元に回すお金と事業に回すお金は、同じ財布から出ているからです。ですから私は、アマゾンとテスラの還元がゼロだというだけで、株主を軽く見ているとは考えていません。

配当は「おまけ」程度。還元の主役は自社株買い

7社の配当利回りは、最も高いマイクロソフトでも約0.75%(第13回で詳しく)。アルファベットとメタは2024年に初めて配当を出したばかりで、エヌビディアは四半期0.01ドル/株とほぼ象徴的な金額です。7社の還元の主役は、配当ではなく自社株買いです。

毎月の家賃に慣れた大家さんからすると、拍子抜けする数字かもしれません。お金が「配当として手元に届く」のではなく、「持分の価値として積み上がっていく」形をとっているわけです。この違いは、後半の税金の話にもつながってきます。

株式報酬は、社員に「株で払う給料」

ここで忘れてはいけないのが、株式報酬(SBC)です。7社はどこも、社員に給料の一部を自社の株で払っています。

用語メモ:SBC=Stock-Based Compensation(株式報酬)。会計上は費用ですが、現金は出ていきません。その代わり、新しい株が発行されて株数が増え、既存の株主の取り分が薄まります(希薄化)。

会社 株式報酬(直近12か月) 売上高に占める割合 FCFに占める割合
アルファベット 236.92億ドル 6.1% 32%
アマゾン 200.65億ドル 2.9% 190%
メタ 187.99億ドル 9.9% 42%
アップル 128.63億ドル 3.1% 13%
マイクロソフト 121.25億ドル 4.1% 16%
エヌビディア 60.74億ドル 3.2% 8%
テスラ 24.50億ドル 2.6% 36%

注目は、アマゾンの株式報酬がFCFの約1.9倍あること。設備投資でFCFが小さくなっているため、株式報酬を「実質的な人件費」として差し引くと、FCFはマイナスになります。メタも、売上の約1割を株式報酬に使っています。

FCFは営業CF−設備投資で、株式報酬は営業CFの計算で「足し戻されて」います。そのため、株式報酬の多い会社ほど、FCFが実態より大きく見えることに注意が必要です(以前のAirbnbの連載でも紹介した論点です)。

ここは、ぜひ一度立ち止まってほしいところです。大家業に置きかえると、管理会社への報酬を現金ではなく「物件の共有持分」で払っているような状態だからです。通帳の残高は減らないので、手取りは立派に見えます。ところが登記簿を開くと、いつの間にか共有者が増えている。だからこそ、FCFを見るときは株式報酬を差し引いた数字もあわせて確かめておきたいのです。

自社株買いは、株式報酬で増えた株を打ち消せているか

自社株買いには、株式報酬で増えた株を買い戻して、株数の増加を打ち消す役割もあります。まさに冒頭の「綱引き」です。

会社 自社株買い÷株式報酬 見方
エヌビディア 7.3倍 株式報酬を大きく上回る買い戻し
アップル 7.1倍 同上
アルファベット 2.4倍 株式報酬の2倍以上を買い戻し
マイクロソフト 1.6倍 株式報酬を上回る程度
メタ 1.4倍 同上
アマゾン・テスラ 0倍 買い戻しなし

当ブログ計算(直近12か月)。株式報酬は費用の額で、実際に増える株数とは一致しません(株価や付与の条件で変わります)。

注にあるとおり、株式報酬の金額と実際に増える株数は一致しません。綱引きの本当の勝敗は、株数そのものの推移で確かめるのが確実です。

結果として、希薄化後の期中平均株式数で見ると、2020年度から直近の四半期までに、アップル(-15.2%)、アルファベット(-11.2%)、メタ(-10.9%)は株数を大きく減らし、マイクロソフト(-2.8%)とエヌビディア(-2.5%)は小幅な減少。アマゾン(+6.3%)とテスラ(+8.5%)は株数が増えています。

株数は数え方で少し変わります。たとえばアップルは、第2回で使った「発行済株式数(10-Kの表紙)」では5年で約13%減です。

株数が減れば、会社全体の利益が同じでも1株あたりの利益は増えます。逆に株数が増える会社は、会社全体の利益の伸びほどには、1株あたりの利益が伸びません。

単純な計算ですが、株数が15.2%減ったアップルなら、会社全体の利益がまったく同じでも、1株あたりの利益は約18%増える計算です。共有のアパートでほかの共有者の持分を買い取っていけば、家賃全体が変わらなくても、残った人1人あたりの取り分は増えていく。それと同じ理屈です。

テスラのCEO報酬は、発行済株式数の約13%に当たる規模

第8回で紹介したテスラの新しいCEO報酬では、条件をすべて達成すると、最大4億2,374万株がイーロン・マスクCEOに付与されます。2025年10月16日時点の発行済株式数(33.26億株)の約12.7%に当たる規模です。

もちろん、付与の条件は時価総額8.5兆ドルなど非常に高いハードルで、達成されれば既存の株主も大きな恩恵を受けます。ただ、「株主の取り分が薄まる」コストがあることは知っておきましょう。

賃貸にたとえるなら、経営を任せた人と「物件の価値を、今では考えにくい水準まで引き上げてくれたら、持分の1割強をお渡しします」という約束を交わしているようなものです。約束そのものの良し悪しを決めつけるつもりはありません。ただ、共有者が増えるかもしれない契約を、契約書を読まずに知らなかった、という事態だけは避けたいところです。

配当と自社株買いでは、税金がかかるタイミングが違う

日本に住む個人投資家にとって、還元の形は税金にも関係します。

還元の方法 税金がかかるタイミング(特定口座の場合)
配当 受け取るたびに、米国で10%、残りに日本で20.315%
自社株買い その時点では税金はかからない。株を売って利益が出たときに日本で20.315%

自社株買い中心の7社は、税金の支払いを先送りしながら複利で増やしやすいとも言えます(なお、米国では2023年以降の自社株買いについて、会社側に金額の1%の物品税がかかります(その年に発行した株式の分は差し引き)。内国歳入法4501条)。詳しくは最終回の第13回でお話しします。

家賃にたとえれば、配当は毎回の家賃から税金が引かれて入ってくる形、自社株買いは持分の価値の中に積み上がっていき、売るときにまとめて精算する形です。配当で受け取れば、税金が引かれた残りしか次の投資に回せません。

還元を比べるときに、確かめておきたいこと

各社の還元姿勢を比べるときは、まず「還元÷FCF」と「総還元利回り」を並べてみてください。そのうえで、株式報酬の大きさを売上比とFCF比の両方で確認します。自社株買いが株式報酬を本当に打ち消せているかは、還元の金額ではなく株数の推移で確かめる。そしてテスラについては、CEO報酬による希薄化の規模を知ったうえで判断する。ここまで押さえておけば、「還元額が大きいから安心」という見出しだけの判断から、一歩抜け出せるはずです。

還元の「額」より、「自分の持分が増えているか」を見る

7社の株主還元は1年で約2,930億ドル。その主役は配当ではなく自社株買いでした。アップルはFCFの107%、アルファベットは89%を還元している一方で、アマゾンとテスラは還元なし。株式報酬はアマゾンでFCFの約1.9倍、メタで売上の約1割にのぼり、FCFを見るときは株式報酬を差し引いた数字も確認したいところです。そして、株数を5年で1割以上減らしたのは、アップル・アルファベット・メタの3社でした。

大家業を長く続けていると、「家賃がいくら入ったか」より「最終的に自分の持分にいくら残ったか」のほうが、ずっと大事だと感じるようになります。株も同じです。派手な還元額の陰で、株主の持分を地道に守っている会社なのかどうか。そこを見分ける目を、ぜひ持っておいてください。

次回の第12回は、いよいよ7社の株価の値札(バリュエーション)とリスクを総点検します。明日もどうぞお付き合いください!

 

※本記事は情報提供を目的としたもので、特定の銘柄の売買を勧めるものではありません。投資の判断はご自身の責任で行ってください。 ※数値は各社の開示資料をもとに当ブログが集計・計算したもので、四捨五入の関係で合計が合わない場合があります。

出典・参考

  • 各社のForm 10-K・10-Q・決算発表資料(第2回〜第8回の出典欄を参照)
  • IRS Notice 2023-2(自社株買いの物品税)https://www.irs.gov/pub/irs-drop/n-23-02.pdf
  • Tesla 2025 CEO Performance Awardの概要(8-K Exhibit 99.2)https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1318605/000110465925108507/tm2530590d1_ex99-2.htm