東雲結子:先生、例の築古アパート、5年後に建て替える計画が決まりました! 空いた部屋は、いつもの条件で募集に出しておきました。5年たったら「建て替えるので出てください」とお願いすれば大丈夫ですよね?
税理士石井:うーん、そのお願い、入居者さんに「出たくありません」と言われたら、そこで話が止まるかもしれません。普通の賃貸借(普通借家)では、大家さんが更新を断るには「正当事由」が必要なんです。立退料の話にもなりやすいところです。
東雲結子:えっ、私のアパートなのにですか? 建物の持ち主は私なのに、合鍵の強さは入居者さんのほうが上、みたいな気分です……。
税理士石井:ふふ、借地借家法は、住まいを失う側をしっかり守る法律ですからね。そこで、建替えや売却の予定がある部屋の募集では「定期借家」を考えます。期間が来たら、更新なしで終わる契約です。
東雲結子:それです! 契約書に「更新はありません」と一行書いておけば完璧ですね。
税理士石井:それがですね……。一行だけでは足りないんです。契約は書面などで結び、しかも契約の前に、契約書とは別の書面を渡して「更新がなく、期間の満了で終わります」と説明しなければ、更新がない旨の定めは無効です。最高裁も、その書面は契約書とは別個独立のものが必要だと判断しています。
東雲結子:一行で済むと思っていたら、紙がもう一枚、しかも説明つきで必要なんですね。
税理士石井:まだあります。期間が1年以上なら、満了の1年前から6か月前までに「期間の満了で終わります」と通知しないと、終了を入居者さんに主張できません。通知が遅れたら、通知の日から6か月がたつまで待つことになります。
東雲結子:通知を忘れたら、建替えの工程表まで後ろにずれていく……。重機の予約より先に、お手紙の予約が必要だったんですね。
税理士石井:そういうことです。定期借家が有効になる手続、終了の通知、再契約、そして普通借家との違いを、建替えを控えた募集の場面で確かめていきましょう。
「建替えまであと5年。空いた部屋は、そのまま普通に貸してしまって大丈夫でしょうか」
建替えや売却を考え始めた大家さんが、よくぶつかる悩みです。空室のままにしておけば家賃は入りません。かといって普通借家で貸せば、いざというときに明け渡してもらえるかどうかは、正当事由と立退料の交渉しだいになります。その間をつなぐ道具が、定期借家です。
ただ、定期借家は、大家さんにとって「書いておけば効く」契約ではありません。書面での契約、契約書とは別の書面での事前説明、そして期間1年以上なら満了前の終了通知。この手続のどれかが欠けると、更新がない旨の定めが無効になったり、予定の日に終了を主張できなくなったりします。大家の立場で言えば、定期借家は手続を守ってはじめて味方になる契約です。
この記事では、借地借家法38条の条文に沿って、定期借家が有効になる要件と終了までの流れを整理し、建替えや売却を控えた物件の募集をどう組み立てるかを考えます。
※この記事は2025年12月時点の法令と、法務省・国土交通省の公表資料、最高裁判所の判例にもとづいています。
定期借家と普通借家は、どこが違うのか
| 項目 | 定期借家(借地借家法38条) | 普通借家 |
| 契約の終わり方 | 期間の満了で終了し、更新はない | 大家さんが更新を拒むには正当事由が必要(26条・28条) |
| 1年未満の期間 | 有効 | 期間の定めのない賃貸借とみなされる(29条1項) |
| 契約の方式 | 公正証書などの書面か、電磁的記録に限る | 38条のような方式の限定はない |
| 事前の説明 | 契約書とは別の書面を交付して説明(入居者の承諾があれば電磁的方法でも可) | 38条のような説明の義務はない |
| 終了の通知 | 期間1年以上なら、満了の1年前から6か月前まで | 更新しない旨の通知は満了の1年前から6か月前まで(ただし正当事由が必要) |
| 家賃の増減 | 借賃の改定に係る特約があれば、借地借家法32条は適用しない | 32条の要件を満たせば増減を請求できる |
普通借家では、期間の満了の1年前から6か月前までに更新しない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同じ条件で更新したものとみなされます(借地借家法26条1項)。通知をしても、大家さんの側に正当事由がなければ更新を拒めません。正当事由は、大家さんと入居者がそれぞれ建物を使う必要性のほか、これまでの経過、建物の利用状況や現況、そして明渡しと引換えの財産上の給付(いわゆる立退料)の申出などを考慮して判断されます(同28条)。
定期借家は、この「更新」と「正当事由」の仕組みの外に出る契約です。そのかわり、法律が決めた手続を一つずつ踏まなければなりません。
用語メモ:定期借家(定期建物賃貸借)……期間の満了で終わり、更新のない建物の賃貸借。借地借家法38条にもとづく契約で、居住用でも事業用でも使えます。2000年3月1日に施行された制度です。
定期借家の契約は、書面か電磁的記録で結ぶ
借地借家法38条1項は、期間の定めがある建物の賃貸借について、「公正証書による等書面によって契約をするときに限り」、契約の更新がないこととする旨を定めることができるとしています。公正証書は例示で、公正証書でなくても書面であればかまいません。そして、この場合は、1年未満の期間を期間の定めのないものとみなす29条1項は適用されません。定期借家なら、1年未満の契約も有効です。
2022年5月18日に施行された改正で、契約の内容を記録した電磁的記録によって結んだ契約も、書面によってされたものとみなされるようになりました(38条2項、法務省「借地借家法等の改正(定期借地権・定期建物賃貸借関係)について」)。電子契約でも定期借家を結べる、ということです。
契約の前に、契約書とは別の書面で「更新がない」と説明する
ここが、大家さんがいちばんつまずきやすいところです。38条3項は、大家さんは「あらかじめ」入居者に対し、契約の更新がなく、期間の満了により賃貸借が終了することについて、「その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない」と定めています。入居者の承諾を得れば、書面の交付に代えて電磁的方法で提供することもできます(38条4項)。
そして38条5項は、この説明をしなかったときは「契約の更新がないこととする旨の定めは、無効とする」と定めています。定期借家のつもりで結んだ契約が、普通借家と同じように更新の対象になってしまうということです。
この説明の書面について、最高裁判所は2012年9月13日の判決で、当時の38条2項(今の38条3項)の書面は、入居者が更新がなく期間の満了で終わると認識していたかどうかにかかわらず、「契約書とは別個独立の書面であることを要する」と判断しました(平成22年(受)第1209号)。契約書の中に「更新はありません」と大きく書いてあっても、入居者がそれを分かっていたとしても、別の書面での説明がなければ足りない、ということです。
国土交通省は、この説明に使える書面の雛形として「定期賃貸住宅契約についての説明」を公表しています。管理会社や仲介会社に募集を任せる場合も、契約より前に、この別の書面を誰が渡し、誰が説明したのかを、日付とあわせて記録に残しておいてください。何年も先の明渡しのときに、その記録が大家さんを守ります。
期間1年以上なら、満了の1年前から6か月前までに終了を通知する
契約が有効に成立しても、まだ終わりではありません。期間が1年以上の定期借家では、大家さんは、期間の満了の1年前から6か月前までの間(通知期間)に、期間の満了により賃貸借が終了する旨を入居者に通知しなければ、その終了を入居者に対抗できません(38条6項)。
通知期間を過ぎてから通知した場合は、その通知の日から6か月を経過した後なら、終了を主張できます。つまり、通知を忘れても契約がいきなり普通借家になるわけではありませんが、明渡しの時期は後ろにずれます。国土交通省の定期賃貸住宅標準契約書のコメントは、この通知を内容証明郵便などの方法で行うことが望ましいとしています。
具体的な日付で考えてみます。2026年4月1日から2031年3月31日までの5年の定期借家なら、満了の1年前から6か月前までの間に通知します。2030年4月1日から9月30日までの間に通知すれば、確実にこの期間に入ります。ところが、うっかり2030年12月1日に通知した場合は、通知の日から6か月を経過するまで終了を主張できず、満了日の2031年3月31日から、およそ2か月後ろにずれることになります。
なお、期間が1年未満の定期借家には、この通知の定めは適用されません。
ここまでの要件を、一枚のフローチャートにまとめました。質問1は契約期間を定めているか(1年未満でもよい)、質問2は2000年3月1日より前に結んだ居住用の普通借家を合意で切り替えるものか、質問3は契約を公正証書などの書面(または電磁的記録)で結んだか、質問4は契約の前に契約書とは別の書面を交付して説明したか。すべてを通過すると、いちばん下の緑の枠「定期借家として有効」にたどり着き、そこに終了通知、入居者からの中途解約、再契約の要点を添えています。途中で右に外れると、定期借家にできない、あるいは更新がない旨の定めが無効になる、という結果になります。

2000年3月1日より前の居住用の普通借家は、定期借家に切り替えられない
建替えを考えている物件には、長く住んでいる入居者がいることも多いと思います。国土交通省の資料「定期借家制度(定期建物賃貸借制度)」によると、定期借家制度が施行された2000年3月1日より前に結ばれた居住用建物の普通借家を、合意のうえ解約して、同じ住宅で定期借家に切り替えることは、現在のところ認められていません(事業用建物は、合意のうえで切り替えられます)。根拠は良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法の附則3条で、同じ当事者が合意で契約を終わらせ、同じ建物を引き続き貸す場合には、当分の間、38条を適用しないとしています。
それ以外の普通借家でも、定期借家に切り替えるには、入居者の合意と、書面での契約・別の書面での事前説明という手続をあらためて踏むことが前提になります。入居者にとっては、更新が保障された契約を手放すことになるわけですから、大家さんの側から一方的に変えられるものではありません。
つまり、すでに住んでいる普通借家の入居者に建替えのために退去してもらうには、更新拒絶や解約の申入れに正当事由が必要で、その判断では立退料の申出も考慮されます。立退料を払ったときの税金の扱いは、当ブログの「大家さんが払う立退料は「何のために払ったか」で扱いが変わります。4つの目的別に見る必要経費・譲渡費用・取得費の分かれ目と、建替えのときの資産損失の注意点」(2025年12月15日)で詳しく取り上げています。普通借家の合意更新と法定更新の違いは、当ブログの「賃貸借契約の合意更新と法定更新(法定更新で更新料をもらうとっておきの方法)」(2025年8月13日)もご覧ください。
建替え・売却を控えた物件の募集は、満了日から逆算する
定期借家の強みは、終わりの日を契約の時点で決められることです。建替えを控えた物件なら、取壊しの予定から逆算して、各部屋の満了日をそろえていくのが基本の考え方になります。
たとえば、2031年春に取壊しを予定しているアパートで、2026年4月に入居する部屋は期間5年(2031年3月31日満了)、2027年4月に入居する部屋は期間4年、というように、入居の時期に合わせて期間を短くしていきます。定期借家は1年未満の期間でも有効ですから、取壊しの直前に空いた部屋を短期間だけ貸す、という使い方も考えられます。そして、どの部屋も満了の1年前から6か月前までの通知期間を、管理の予定表に書き込んでおくことが欠かせません。
売却を考えている場合も、定期借家は選択肢になります。満了日が決まっている入居者がいる物件は、買主から見て、いつ空くのかが見通せる物件です。空室にしてから売るのか、定期借家で家賃を得ながら売るのか、買主が建替え用地として買うのか収益物件として買うのかで、向き不向きが分かれます。どちらが有利かは物件しだいですが、売却の可能性があるなら、募集の段階から買主の目線を想像しておく価値はあると私は考えています。
一方で、定期借家には弱みもあります。入居者から見ると、住み続けられる期間に限りがある契約です。私の実感としては、同じ部屋でも普通借家より家賃を抑えないと決まりにくいことがあり、長く住みたい人には選ばれにくい面もあります。期間が短く、終わりの日が近いほど、その傾向は強くなるように思います。建替えまでの家賃収入と、明渡しの確実さ。この二つをはかりにかけて、募集条件を決めてください。
家賃を下げる分は「明渡しの見通し」を買う費用と考える
はかりにかけるときは、数字を置いてみると考えやすくなります。たとえば、普通借家なら月6万円で貸せる部屋を、定期借家にするために月5,000円下げて募集したとします。5年間(60か月)で、家賃の差は5,000円×60か月=30万円です。
この30万円は、5年後の明渡しの見通しを手に入れるための費用だと考えることができます。普通借家で貸した場合に、いざ建替えのときにどれだけの立退料や時間がかかるかは、入居者の事情や建物の状況、正当事由の判断しだいで、前もって見積もることはできません。見積もれないものと、30万円という見積もれるもの。どちらを選ぶかは大家さんの考え方しだいですが、私は、建替えの時期がはっきりしている物件ほど、見積もれるほうを選ぶ価値が大きいと感じています。工事の契約や借入れの段取りは、明渡しの日が決まらなければ組めないからです。
もちろん、家賃を下げなくても定期借家で決まる地域や部屋もありますし、下げても決まりにくい部屋もあります。管理会社とも相談しながら、地域の募集状況に合わせて考えてください。
期間が満了したら、合意のうえで再契約もできる
定期借家は更新のない契約ですが、大家さんと入居者の双方が合意すれば、期間の満了後に新たな契約(再契約)を結ぶことができます。国土交通省の資料では、再契約の際は、書面の交付や書面での契約の締結などの手続をあらためて行う必要があるとしています。定期賃貸住宅標準契約書のコメントは、再契約の場合には新たな連帯保証契約の締結が必要になるとしています。建替えの計画が延びたときなどに、入居者にもう少し住んでもらう方法として覚えておくとよいでしょう。
入居者の側からの中途解約にも、決まりがあります。居住用の建物で床面積が200平方メートル未満のものは、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情で、入居者がその建物を生活の本拠として使うことが難しくなったとき、入居者は解約の申入れができ、申入れの日から1か月で契約が終わります(38条7項)。この中途解約と、先ほどの終了通知の定めに反する特約で入居者に不利なものは、無効です(38条8項)。
家賃については、定期借家で借賃の改定に係る特約がある場合、家賃の増減を請求できるとする借地借家法32条は適用されません(38条9項)。家賃の値上げと32条の関係は、別の記事で詳しく扱います。また、転勤で自宅を一時的に貸す方が、戻る時期に合わせて定期借家を使う場面の税金は、転勤で自宅を貸すときの住宅ローン控除を取り上げる記事で扱います。
1〜3月の募集の前に、確かめておきたいこと
まずは、建替えや売却の予定時期を、おおよそでもかまわないので決めてください。そこから逆算して、これから募集する部屋の契約期間と満了日を決めます。あわせて、今住んでいる入居者の契約が、2000年3月1日より前に結ばれた居住用の普通借家かどうかを、契約書で確かめておきましょう。
次に、定期借家の契約書と、契約書とは別の事前説明の書面を用意します。管理会社や仲介会社に任せるなら、誰が、いつ、どの書面で説明するのかを取り決め、その記録を残してもらうようにしてください。電子契約で進めるなら、事前説明を電磁的方法で行うことについての入居者の承諾も必要です。
そして最後に、満了の1年前から6か月前までの通知期間を、部屋ごとに予定表へ書き込みます。通知は内容証明郵便などで、届いたことが分かる方法で送りましょう。年明けの繁忙期の前にここまで整えておけば、募集の電話にも落ち着いて答えられるはずです。
定期借家は「書面2枚と通知1通」で、はじめて大家さんの味方になる
定期借家は、期間の満了で終わり、更新のない契約です。ただし、公正証書などの書面(または電磁的記録)で契約を結び、契約の前に契約書とは別の書面を交付して更新がないことを説明し(承諾があれば電磁的方法でも可)、期間1年以上なら満了の1年前から6か月前までに終了を通知する。この手続がそろって、はじめて予定どおりに終わります。説明がなければ更新がない旨の定めは無効になり、通知が遅れれば通知から6か月がたつまで終了を主張できません。2000年3月1日より前に結んだ居住用の普通借家は、同じ入居者と合意しても、定期借家に切り替えられません。
建替えや売却は、大家業の中でも何年もかけて準備する大きな決断です。その準備の最初の一歩が、次の入居者と結ぶ契約の形を決めることだと私は思います。書面2枚と通知1通。地味な手続ですが、何年か先の明渡しの日に、大家さんと入居者の双方を守ってくれるのは、この地味な積み重ねです。
当事務所では、建替えや売却を見すえた賃貸経営の計画づくりから、立退料や売却の税金の試算まで、大家さんの判断をお手伝いしています。お気軽にご相談ください。
出典・参考
- 借地借家法第26条・第28条・第29条・第32条・第38条(e-Gov法令検索)https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090
- 「借地借家法等の改正(定期借地権・定期建物賃貸借関係)について」(法務省、2022年5月18日)https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00304.html
- 最高裁判所第一小法廷 平成24年9月13日判決(平成22年(受)第1209号 建物明渡請求事件)(裁判所)https://www.courts.go.jp/hanrei/82539/detail2/index.html
- 「定期借家制度(定期建物賃貸借制度)」(国土交通省住宅局住宅総合整備課)https://www.mlit.go.jp/common/001170116.pdf
- 「定期賃貸住宅契約についての説明(借地借家法第38条第2項関係)」(国土交通省)https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/teishaku/tc01-010.html
- 「定期賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・連帯保証人型)解説コメント」(国土交通省)https://www.mlit.go.jp/common/001479831.pdf
- 良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法(平成11年法律第153号)附則(衆議院)https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/h146153.htm































