東雲結子:石井先生、築古アパートの建替え計画、ついにできました! 入居者さんとの立退きのお話も順調で、年内に合意できそうなんです。合意さえすれば、立退料は今年の経費ですよね?

税理士石井:うーん、東雲さん。経費になるのは、握手をした日ではなく、お金を払った日なんです。建て替えた後も賃貸に使うなら、建替えのための立退料は、支出した日の属する年分の必要経費。12月に合意して1月に支払えば、必要経費になるのは翌年です。

東雲結子:えっ、握手は年内なのに、経費だけ先に年明けへお引越しですか? 立ち退いてほしいのは、経費じゃなくて古い建物なんですけど……。

税理士石井:ははは、経費には経費の引越し日があるんですね。それに、立退料がいつも必要経費になるとは限りません。物件を売るために払えば譲渡費用、入居者がいる物件を買って立ち退いてもらうためなら、取得費です。

東雲結子:同じ立退料なのに、行き先がそんなにあるんですか……。

税理士石井:ええ。建替え用、購入用、売却用と、目的別に封筒を分けておくようなものです。何のために払ったお金かで、帳簿の行き先が変わる。だから、合意書に目的を書いておくことが大切なんです。

東雲結子:なるほど。じゃあ建替えのときは、取り壊した古い建物の分も、まとめて全部経費ですね!

税理士石井:実はですね、そこがもうひとつの落とし穴なんです。取り壊した建物の未償却残高は「資産損失」で、事業的規模なら全額が必要経費ですが、業務的規模だと、資産損失を差し引く前の、その年の不動産所得の金額が限度です。記事の数値例では、同じ建替えでも、規模で必要経費が300万円違います。

東雲結子:300万円……。取り壊したのは建物なのに、経費まで一緒に取り壊されてしまうなんて。

税理士石井:そうならないように、立退料の4つの目的と、建替えのときの資産損失の注意点を、順番に見ていきましょう。

「建替えのために、入居者さんに立ち退いてもらうことになって。立退料って経費になるんでしょうか?」

建物の老朽化による建替え、物件の売却、入居者とのトラブル……。大家さんが立退料を払う場面はいろいろあります。実は、税金の世界では立退料に決まった1つの扱いがあるわけではなく、何のために払ったか、で扱いが変わります。

その年の不動産所得の必要経費になるのか、売ったときの譲渡費用になるのか、それとも買った土地・建物の取得費(取得価額)になるのか。どれになるかで、税金が軽くなる年も、軽くなる金額も変わります。

立退きの交渉は、相手の暮らしに関わることなので、どうしても気をつかいます。何度も足を運び、条件をすり合わせ、ようやく合意にたどり着く。その苦労のあとで、税金の扱いにつまずくのは避けたいところです。この記事では、所得税基本通達をもとに、立退料が必要経費になるのか、譲渡費用や取得費になるのかを、目的別に整理します。

※この記事は2025年12月時点の法令と国税庁の公表資料にもとづいています。

立退料が必要経費か、譲渡費用か、取得費かは「目的」で決まる

立退料を払う目的 個人(所得税) 法人(法人税)
① 賃貸を続けるため(入居者の入替えなど) 支払った年の不動産所得の必要経費(所得税基本通達37-23) 損金
② 建て替えるため 支払った年の不動産所得の必要経費(同37-23) 損金
③ 売るため(貸家のまま売る・取り壊して土地を売る) 譲渡所得の計算上の譲渡費用(同33-7) 損金(売却益と合わせて課税)
④ 買った土地・建物の入居者などに立ち退いてもらうため 土地・建物の取得費・取得価額(同38-11) 土地・建物の取得価額(法人税基本通達7-3-5)

※立退料は消費税の課税仕入れにはなりません(不課税)。

目的は四つでも、個人の行き先は三つ。そして法人でも、④だけは取得価額に入ります。「買うため」なのか「売るため」なのか「貸し続けるため」なのか。まずはそこを、はっきりさせることから始まります。

どの扱いになるかは、フローチャートを上からたどるとわかる

迷ったときは、下のフローチャートを上からたどってみてください。最初の分かれ道は「入居者などがいる土地・建物を買って、立ち退いてもらうため?」です。はいなら④の取得費・取得価額。いいえなら、次は「物件を売るため?」に進み、はいなら③の譲渡費用、いいえなら①②の「支払った年の不動産所得の必要経費」にたどり着きます。いちばん下には、建て替えるときの取壊し費用と資産損失の注意点も添えています。

賃貸を続けるための立退料は、支払った年の必要経費

家賃を払わない入居者に退去してもらう、用途を変えて新しい入居者を募集する、といった場合です。所得税基本通達37-23は、不動産所得のもとになっていた建物の賃借人を立ち退かせるために支払う立退料は、譲渡に際して支出するものなどを除き、支出した日の属する年分の不動産所得の必要経費にするとしています。

ポイントは「支出した日」です。12月に合意して1月に支払えば、必要経費になるのは翌年です。

年末の交渉は、合意できた安心感から、つい「今年のこと」として考えてしまいがちです。けれども、ここで基準になるのは握手の日ではなく、お金が出ていった日。今年の必要経費にしたいなら、支払いまで年内に済ませておく必要があります。

建て替えるための立退料も、支払った年の必要経費

建て替えた後も賃貸に使う場合、建替えのための立退料も売却のためのものではないので、37-23により支払った年の必要経費になります。新しい建物の取得価額には含めません。

新しい建物のために払うお金なのだから、新しい建物の値段に入りそう。そう感じる方は多いと思いますし、私も直感には少し反するところだと感じます。でも、37-23が見ているのは、不動産所得のもとになっていた建物の賃借人を立ち退かせるための支出かどうかです。建て替えた後も賃貸に使うのであれば、支払った年に必要経費にできる。大家さんにとっては、ありがたい扱いです。

建替えでは、立退料のほかに、古い建物の取壊し費用と、取り壊した建物の未償却残高(帳簿上の残りの価額)が出てきます。ここは、このあとの資産損失の章で詳しく見ます。

売るための立退料は、売った年の譲渡費用

貸家のまま売るために入居者に退去してもらう場合や、建物を取り壊して土地を売るために立ち退いてもらう場合の立退料は、譲渡所得の計算上、譲渡費用になります(所得税基本通達33-7)。土地を売るために建物を取り壊したときは、取壊し費用と、取り壊した建物の損失額も譲渡費用です(所得税基本通達33-7・33-8)。

譲渡費用は、売った年の譲渡所得から差し引きます。売るための立退料は37-23の必要経費から除かれているので、支払いが売却の前の年になっても、不動産所得の必要経費ではなく、売却した年の譲渡費用として扱います。

ここは、とくに気をつけてほしいところです。売却の準備は、実際の売買より前から始まることも少なくありません。立退料を先に払った年に「家賃収入の経費にしておこう」とすると、扱いを誤ってしまいます。売却の年まで、振込の控えや合意書をきちんと保管しておきましょう。

買うための立退料は、土地・建物の取得費に

入居者がいる物件を買って、買主が入居者に立退料を払う場合、その立退料は買った土地・建物の取得費(取得価額)に含めます(所得税基本通達38-11)。38-11は「立退料その他その者を立ち退かせるために要した金額」としているので、名目が引越し費用の負担でも、立ち退いてもらうための支出なら同じ考え方です。

地主さんが、借地人(建物の所有者)に土地を返してもらうために払う立退料は、通常、借地権を買い戻す対価になるので、土地の取得費になります。

取得費に入るお金は、その年の必要経費として差し引くものではなく、物件の値段の一部として扱われます。「払った年に税金が軽くなる」とは限らない点は、資金計画を立てるときに頭に入れておきたいところです。

建替えで取り壊した建物の「資産損失」は、規模で扱いが大きく違う

建替えで古い建物を取り壊すと、取り壊した建物の未償却残高が損失(資産損失)になります。この扱いが、賃貸が事業的規模かどうかで大きく違います。

区分 資産損失(取り壊した建物の未償却残高)
事業的規模(おおむね5棟10室以上など) 全額が必要経費。不動産所得が赤字になれば、ほかの所得と損益通算でき、青色申告なら翌年以後3年間繰り越せる
業務的規模(それ以外) その年の不動産所得の金額(資産損失を差し引く前)が限度。超えた部分は切り捨て

長年貸してきた建物ほど、取り壊すときの気持ちは複雑なものです。そのうえ業務的規模では、損失の一部が切り捨てられてしまうこともある。ここは、建替えを決める前に知っておいてほしいところです。

取壊し費用は、所得税基本通達51-2が資産損失を「資産そのものについて生じた損失の金額」としていることから、資産損失とは別の費用と考えられます。そのため、賃貸用の建物を建て替える場合は、業務的規模でも資産損失の限度とは別に必要経費にできると考えられます(この点をはっきり示した国税庁の資料はありません)。ただし、自宅など賃貸に使っていなかった建物の取壊し費用は、不動産所得の必要経費になりません。

ここで「考えられます」と書いているのは、括弧書きのとおり、この点をはっきり示した国税庁の資料がないためです。判断に迷うときは、工事の前に一度ご相談いただくのが安心です。

同じ建替えでも、規模で必要経費が300万円違う

数字で確かめてみましょう。その年の家賃収入1,000万円、ほかの必要経費300万円、立退料300万円、取壊し費用200万円、取り壊した建物の未償却残高500万円とします。

  事業的規模 業務的規模
家賃収入 1,000万円 1,000万円
ほかの必要経費・立退料・取壊し費用 △800万円 △800万円
資産損失を差し引く前の不動産所得 200万円 200万円
必要経費になる資産損失 500万円 200万円(限度)
不動産所得 △300万円(損益通算・繰越しの対象) 0円
切り捨てられる資産損失 0円 300万円

※取壊し費用を資産損失に含めて計算しても、この例の結果(不動産所得0円、切り捨て300万円)は同じです。

資産損失を差し引く前の不動産所得が200万円になるところまでは、どちらの規模でも同じです。違いが出るのはその先。事業的規模の△300万円は損益通算や繰越しの対象になりますが、業務的規模では同じ300万円が切り捨てになります。

業務的規模の大家さんは、立退料や取壊し費用を払う年と、建物を取り壊す年がずれると、資産損失を差し引ける限度額も変わります。工事の日程と支払いの時期は、税理士と一緒に組み立てるのがおすすめです。

この数値例でも、立退料と取壊し費用を同じ年に払ったことで、資産損失を差し引く前の不動産所得が200万円まで下がり、それがそのまま限度になっています。建替えの段取りは、工事の工程表としてだけでなく、税金の工程表としても見ておきたいものです。

資産管理法人では、立退料は基本的に損金。ただし取得に関わるものは取得価額に

法人税では、所得の種類の区分がないので、①〜③の立退料は基本的に損金になります。ただし、取得に関係するものには取得価額に含めるルールがあります。

まず、土地・建物の取得に際して、使用者に支払う立退料は取得価額に算入します(法人税基本通達7-3-5)。次に、建物付きの土地を買い、おおむね1年以内に取り壊すなど、当初から土地を使う目的が明らかなときは、建物の帳簿価額と取壊し費用は土地の取得価額に算入します(同7-3-6)。そして、建て替えるために取り壊した建物の帳簿価額は、取り壊した事業年度の損金です(同7-7-1)。

同じ「建物を取り壊す」でも、買ってすぐ取り壊すつもりの建物なのか、使ってきた建物を建て替えるために取り壊すのかで、土地の取得価額に入るか、損金になるかが分かれます。法人で物件を買うときは、取り壊す予定まで含めて計画を整理しておくと迷いません。

立退料では、消費税の仕入税額控除はできない

立退料は、賃借人の権利が消えることへの補償や移転費用の補償などとして支払われるもので、資産の譲渡等の対価にあたらないとされています(消費税法基本通達5-2-7)。消費税の課税事業者の大家さんでも、立退料で仕入税額控除はできません。

課税事業者として消費税を申告している大家さんは、立退料で消費税の控除を見込んだ資金計画を立ててしまわないよう、注意してください。

合意書に「目的」を書いておくことが、いちばんの備え

立退料は目的で扱いが変わるので、目的が分かる記録を残しておくことが大切です。

まず、立退きの合意書には、目的(建替え・売却など)、金額、支払日、明渡しの期限を書いておきましょう。支払いの記録として、振込の控えや領収書も残します。そして、建替えや売却の計画が分かる資料、たとえば工事の見積書や売買の媒介契約書なども、合意書と一緒に保管しておくと安心です。

あとになって「この立退料は何のためだったか」を説明するとき、頼りになるのは記憶ではなく書類です。交渉の場では書きにくいこともあるかもしれませんが、目的を一行書いておくだけで、税金の扱いはぐっと明確になります。

年内に、今年の立退料を目的ごとに仕分けておく

年末までに、今年払った(払う予定の)立退料を、目的ごとに①〜④に分けてみてください。必要経費になる立退料なら、支払日が年内か年明けかを確認します。売却に関係する立退料は、売却の年の譲渡費用になるので、控えを保管しておきましょう。

建替えを予定している方は、取り壊す建物の未償却残高と、取壊しの時期を確認しておきます。あわせて、ご自分の賃貸が事業的規模か業務的規模かも確かめてください。資産損失の扱いが変わるからです。最後に、立退きの合意書に、目的・金額・支払日が書いてあるかを見直しておきましょう。

立退料は、金額より先に「目的」をはっきりさせておく

立退料は「何のために払ったか」で、必要経費・譲渡費用・取得費(取得価額)に分かれます。賃貸を続けるため・建て替えるための立退料は、支払った年の不動産所得の必要経費。売るための立退料は譲渡費用、買った物件の入居者に払う立退料は取得費です。そして、建替えで取り壊した建物の損失は、業務的規模だと不動産所得の金額が限度になります。

立退きの交渉はデリケートで、税金のことは後回しになりがちです。相手の新しい暮らしを思いやりながら進める交渉だからこそ、お金の扱いは、あとで迷わないように整えておきたいと私は思います。当事務所では、建替えや売却に伴う立退料・取壊し費用の税務処理と、工事や支払いの時期を含めた税額の試算をお手伝いしています。合意書を交わす前に、お気軽にご相談ください。

 

出典・参考

  • 所得税基本通達 33-7(譲渡費用の範囲)、33-8(資産の譲渡に関連する資産損失)、37-23(不動産所得の基因となっていた建物の賃借人に支払った立退料)、38-11(土地、建物等の取得に際して支払う立退料等)、51-2(損失の金額)、26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定)
  • 国税庁 タックスアンサー1382「立退料を支払ったとき」、No.3252「取得費となるもの」、No.3255「譲渡費用となるもの」(タックスアンサーはいずれも2025年12月時点の内容を参照)
  • 所得税法 第37条、第38条、第51条第1項・第4項、第69条、第70条
  • 法人税基本通達 7-3-5(土地、建物等の取得に際して支払う立退料等)、7-3-6(土地とともに取得した建物等の取壊費等)、7-7-1
  • 消費税法基本通達 5-2-7
  • 税務大学校論叢 第90号「建物の取壊し費用の所得税法上の取扱いについて」(平成29年6月)