東雲結子:ホテルのポイントは貯めますが、賃貸住宅にポイント制度はありませんね。
税理士石井:家賃100円で1ポイントを付けたいですか。
東雲結子:えーっと、それは管理が大変そうです。
税理士石井:大家さんが学ぶべきなのはポイントそのものではなく、顧客と直接つながり、また選んでもらう仕組みです。
東雲結子:入居者さんは毎月会っています……通帳の中で。
税理士石井:それでは関係が薄いですね。退去理由も紹介経路も、オーナー側へ残っていません。
東雲結子:たしかに。次の入居者を探すたび、毎回ゼロからです。
税理士石井:ホテルは会員データを積み上げます。賃貸も、更新、紹介、法人顧客を資産として育てられます。
ホテル企業の競争力は、客室数だけではありません。マリオットのMarriott Bonvoy、ヒルトンのHilton Honors、アパの公式アプリと「アパ直」は、顧客を予約サイトから自社へ戻し、再訪を促す仕組みです。2023年末のMarriott Bonvoy会員は1億9,600万人超、2024年末のHilton Honors会員は2億1,100万人。アパアプリは2025年10月段階で700万ダウンロードと公表されています。大家さんが同じ規模の会員制度を作る必要はありませんが、退去のたびに顧客関係がゼロへ戻る賃貸経営には、学べることがあります。
ホテルはOTAから顧客を取り戻したい
ホテルが公式予約へ誘導する大きな理由の一つは、予約サイト手数料を抑え、顧客データを自社に残すことです。
説明用に宿泊単価1万5,000円、OTA手数料12%、公式ポイント等の負担3%と置くと、1泊当たりの差は1,350円。年間1万泊を公式へ移せれば、単純差は1,350万円です。実際の条件は会社・契約ごとに異なりますが、直接顧客を持つ価値が大きいことは分かります。
賃貸の募集費用も「顧客獲得コスト」
大家さんが新しい入居者を得るためには、広告料、仲介手数料、フリーレント、原状回復、空室家賃がかかります。家賃9万円の部屋で、広告料1か月、空室1.5か月、原状回復15万円なら、入替え1回の負担は37万5,000円です。
一方、長期入居者の小さな不満を早めに解消し、更新してもらえるなら、数万円の設備対応で入替えコストを避けられることがあります。ホテルの会員施策を、賃貸では「退去を減らす顧客維持策」と読み替えます。
紹介と法人顧客は、賃貸版ロイヤルティプログラム
退去する入居者が、同じ会社の同僚を紹介してくれる。法人社宅担当者が、次の転勤者にも同じ物件を使ってくれる。大学や病院が毎年、新入生・職員を紹介してくれる。こうした関係は、ホテル会員に近い継続資産です。
紹介料を大きくする必要はありません。迅速な退去精算、分かりやすい設備一覧、法人担当者への空室速報など、安心して次の人を紹介できる運営のほうが大切です。
顧客データは、個人情報を抱え込むことではない
大家さんが入居者の詳細な個人情報を独自に蓄積すべき、という話ではありません。必要なのは、個人を特定しない形でも、入居経路、退去理由、入居期間、評価された設備、問い合わせ内容を記録することです。
管理会社が替わるたびに情報が消える状態では、同じ失敗を繰り返します。顧客を直接囲い込むより、運営知識をオーナー側へ残すことが先です。
売り込みではなく「また選べる安心」を作る
ホテル会員制度が強いのは、ポイントだけでなく、どこで予約しても一定の品質が期待できるからです。賃貸でも、複数物件の設備・契約・対応基準をそろえれば、退去者が転勤先で同じ大家の別物件を選ぶ可能性があります。
大げさなブランド名より、連絡が早い、退去精算が公正、部屋が清潔、設備故障への対応が一貫していること。大家業のブランドは、広告より日々の運営で作られます。
| ホテルの仕組み | 賃貸業への翻訳 |
| 会員プログラム | 長期入居・紹介・法人取引 |
| 公式予約 | 募集経路と顧客データの把握 |
| ポイント・特典 | 更新時の小修繕・設備改善 |
| ブランド基準 | 対応速度・清掃・精算ルール |
| 再訪分析 | 退去理由・入居期間の記録 |
参考資料
Marriott International 2023 Annual Report(Bonvoy会員・デジタル予約)
Hilton 2024 Annual Report(Hilton Honors会員)































