東雲結子:修繕見積り1億円ですか……。もう、建物に新しい建物をプレゼントする金額ですね。

メガ大家・黒田:正直、これほど費用がかかるなら、売却も考えています。

税理士石井:修繕後に、NOIはいくら増える見込みですか?

メガ大家・黒田:家賃改定と空室改善で、年800万円ほど増える計画です。

東雲結子:800万円なら、12年半で元が取れますね。

税理士石井:そうですね。ただ、売却価格への影響も見ます。収益物件はNOIの改善が価値へ反映されることがあります。

メガ大家・黒田:なるほど。工事代を家賃だけで回収するのではなく、出口価格も含めるんですね。

東雲結子:でも、予定どおり800万円増えなかったときの顔も、表に入れておきたいです。

 

物件規模が大きくなると、大規模修繕は「経費を払う」話ではなく、資本配分の話になります。1億円を既存物件へ入れるのか、その現金を新規物件の頭金へ使うのか、修繕せず売却するのか。どれも正解になり得ます。判断を難しくするのは、工事の効果が家賃だけでなく、空室率、運営費、金融機関評価、売却価格へ広がるからです。

まず「必要修繕」と「収益改善」を分ける

外壁の落下防止、漏水、消防設備など、安全・法令・資産保全のために必要な工事は、収益性だけで先送りできません。一方、エントランス改修、間取り変更、設備グレードアップなどは、収益改善投資です。この二つを一つの1億円見積りへ入れると、判断が曖昧になります。

例えば、必要修繕6,000万円、収益改善4,000万円と分けます。必要修繕は「やるか、売るか」。収益改善は「投資収益率が合うか」。性格の違う工事を分けるだけで、経営判断がかなり整理されます。

NOIが800万円増えると、理論上の価値はどれだけ動くか

現在のNOIが年3,000万円、周辺の取引利回りを5.5%と仮定すると、単純な収益還元価値は約5億4,500万円です。改修後にNOIが3,800万円へ増え、同じ5.5%で評価されれば約6億9,100万円。差額は約1億4,500万円です。

工事費1億円に対して、理論上の価値増加は約1億4,500万円。税金、金利、空室期間、売却費用を無視した粗い計算ですが、「家賃800万円÷工事1億円=8%」だけでは見えない価値があります。逆に、改修後も利回りが6.5%を要求される地域なら、価値増加は小さくなります。

項目 改修前 改修後
NOI 3,000万円 3,800万円
還元利回りの仮定 5.5% 5.5%
単純な収益還元価値 約5.45億円 約6.91億円
価値増加の単純計算 – 約1.45億円

 

工事中の家賃減少と、完成後の立ち上がりを入れる

改修で20戸が3か月空けば、家賃10万円でも600万円の売上減です。騒音や足場で既存入居者が退去することもあります。また、工事が完成した翌月から家賃が一斉に上がるとは限りません。退去と募集のタイミングに合わせ、2年、3年かけて賃料が入れ替わることもあります。

私は、改修効果を「計画どおり」「効果70%」「効果40%」の三つで置きます。計画どおりでなければ返済できない投資は、工事としては魅力的でも、経営として危うい。工事会社の完成予想図ではなく、入居者が実際に払う家賃まで落として考えます。

売却するなら、修繕前と修繕後の両方で査定を取る

修繕せず売る場合、買主は将来工事費を価格から差し引きます。1億円の工事が必要でも、売値が1億円下がるとは限りません。買主が一括発注で安くできる、用途変更を考えている、解体を予定している、といった事情があるからです。

したがって、現況売却の査定、必要修繕だけ実施した査定、収益改善まで行った査定の三つを取ります。工事をする前に出口を確認する。これは弱気な行動ではなく、1億円の資本配分を比較するための当たり前の資料集めです。

自分の得意分野へ1億円を置く

改修で家賃を上げるのが得意な大家さんなら、既存物件への投資は高い再現性があります。一方、新規取得で価値を作るのが得意なら、売却して次へ回したほうが全体利益は大きくなるかもしれません。

同じ1億円でも、誰が使うかで収益率は変わります。物件が可哀想だから直す、長く持ったから売れない、という感情は自然です。私も大家ですから、その気持ちは分かります。ただ、大規模修繕は愛情だけでなく、次の10年の経営を選ぶ投資です。感情を否定せず、数字を隣に置いて決めたいところです。

※ 個別の税務、法務、融資、投資判断は、法人・物件・契約・家族状況によって結論が変わります。重要な判断は一次資料と専門家へご確認ください。