東雲結子:10棟もあれば、家賃がたくさん入って安心ですね。売る必要なんてないのでは?

メガ大家・黒田:そう思っていたんですが、最近は修繕と借換えが重なって、現金が思ったほど増えません。

税理士石井:今、一番多く自己資本が入っているのに、手残りが少ない物件はどれですか?

メガ大家・黒田:えーっと……A棟です。含み益は大きいのですが、年間の手残りは240万円ほどです。

東雲結子:含み益が大きいなら、優等生ではないんですか?

税理士石井:含み益が大きいからこそ、多額の自己資本がその物件の中で眠っているとも言えます。

メガ大家・黒田:ああ、売却益の大きさではなく、今ある自己資本が何%働いているかを見るんですね。

東雲結子:物件にも「働き方改革」が必要なんですね。

 

物件を増やすことより、持っている物件を入れ替えるほうが難しい。これは、規模が大きくなった大家さんほど実感することだと思います。思い入れがあり、含み益もある。借入れも減っている。だから売る理由が見つからない。しかし、売らずに持ち続けること自体が、経営上の大きな選択です。10棟、20棟の段階では、「どの物件が一番儲かっているか」より、「どの物件に自己資本を寝かせすぎているか」を見る必要があります。

売却益ではなく、現在の自己資本に対する収益を見る

例えばA棟の時価が1億2,000万円、借入残高6,000万円なら、単純な自己資本は6,000万円です。年間の税引前キャッシュフローが240万円なら、自己資本に対する現金利回りは4%です。

B棟は時価8,000万円、借入5,000万円で自己資本3,000万円。年間キャッシュフロー200万円なら6.7%です。手残りの絶対額はA棟のほうが大きくても、自己資本の働き方はB棟のほうが上です。

もちろん、売却時には仲介手数料、登記、借入返済、税金がかかります。したがって「時価-借入残高」ではなく、売却後の手取り見込額を分母にしたほうが正確です。

物件 時価 借入残高 年間CF 単純な自己資本CF利回り
A棟 1.2億円 6,000万円 240万円 4.0%
B棟 8,000万円 5,000万円 200万円 約6.7%
C棟 1.5億円 1億円 450万円 9.0%

 

低利回りでも、担保価値が高ければ残す意味がある

自己資本利回りだけで売却を決めるのも危険です。A棟が都心の土地値の高い物件で、金融機関から高く評価され、次の融資の共同担保として機能しているなら、低いキャッシュフローでも全体に貢献しています。

また、将来の建替え余地、容積率の未消化、賃料の上昇余地、相続時の使い勝手など、現金収支以外の価値があります。だから私は、各物件を「稼ぐ物件」「担保になる物件」「値上がりを狙う物件」「相続で残す物件」に分けます。役割がないまま、ただ昔から持っている物件が、一番の売却候補です。

今後5年の修繕を入れると、順位が逆転する

年間240万円残っていても、3年後に外壁・屋上で1,500万円必要なら、その物件は5年間で現金を生むどころか、現金を吸収する可能性があります。反対に、年間200万円でも直近10年の大規模修繕が終わっていれば、予測可能性は高くなります。

売却候補を選ぶときは、今のキャッシュフローだけでなく、5年間の家賃、経費、元利返済、修繕、税金を並べます。私はこの5年表を作るとき、修繕費を平均額で置かず、実際に必要な年度へ置くようにしています。平均では黒字でも、2年後に現金が尽きる物件が見えるからです。

売ったお金の次の仕事先まで決めてから売る

売却は、それだけで経営改善にはなりません。売却手取り6,000万円を現預金のまま寝かせれば、A棟の4%より低い運用になります。借入返済、新規取得、既存物件のバリューアップ、株式など、売却後の資金使途を決めて初めて、入替えの意味が生まれます。

「高く売れそうだから売る」ではなく、「売却手取りを次に何%で働かせられるか」を考える。メガ大家の売却は、物件を手放す話ではなく、自己資本の再配置です。この視点を持つと、愛着のある物件にも、少し冷静な距離を置けるようになります。

参考資料

国税庁 No.3252 取得費となるもの