
東雲結子「30万円安い! 浮いた分で、玄関をホテルみたいにしましょう」
建築士「こちらの見積り、申請対応と廃材処分が別料金です」
東雲結子「……ホテル、ビジネスに変更で」
建築士「貸せない期間も、もう一社より1か月長い想定ですね」
東雲結子「ホテル、キャンセルで」
建築士「まずは、含まれる工事と期間をそろえて比べましょう」
東雲結子「着工前なのに、私の夢だけ解体が進んでる……」
築年数のたった木造物件。退去を機に屋根も水回りも直すなら、見栄えも少し良くしたいですよね。ただ、「浮いた30万円」を使う相談は、見積りに何が含まれているかを確かめてから。工事代だけでなく、貸せない間の家賃まで並べると、安い会社の順位が入れ替わることがあります。
ただ、2025年4月からは、木造2階建てなどの大規模な修繕・模様替について、建築確認の対象が広がっています。工事の中身によっては、調査、設計、手続き、着工までの期間も変わります。「安い工事」を探す前に、「何を、いつまでに、総額いくらで直せるか」をそろえてみましょう。
※2025年10月時点の制度を前提としています。以下は木造2階建ての賃貸戸建て一棟を想定した架空の例です。金額・工期は相場や標準処理期間を示すものではありません。
屋根も階段も大改修。その工事、建築確認が要るかも
2025年4月1日以降に着工する木造2階建て等の大規模な修繕・模様替は、建築確認の対象です。主要構造部の壁、柱、床、はり、屋根、階段のうち、一種類以上について過半の改修等を行うかがポイントになります。
ここでいう「過半」は、見積額の半分ではありません。壁なら総面積、柱やはりなら総本数、屋根なら総水平投影面積など、部位に応じて判断します。構造上重要でない間仕切り壁等は主要構造部から除かれるため、どこを数えるかも建築士に確認します。見積書を真ん中で折っても、判定資料にはなりません。
一方、キッチン・トイレ・浴室の交換だけの工事、床の仕上げ材だけの張替えなどは、大規模の修繕・模様替には通常該当しないとされています。ただし、同時に構造部分まで直すなら、その内容を含めて判断します。
| 工事の相談例 | 判断で押さえたいこと | 見積りと一緒に用意する資料 |
| 水回り設備の交換 | 設備交換だけか、構造部分も直すか | 交換箇所、床や壁の解体範囲 |
| 屋根・外壁の改修 | 仕上げだけか、下地・構造部分をどこまで触るか | 断面、部位、数量、改修前後の仕様 |
| 床・階段の改修 | 仕上げの更新か、主要構造部の過半か | 各階の図面と具体的な改修範囲 |
「屋根工事一式」「内装一式」では、工事の量も手続きも判断しにくくなります。部位と範囲を建築士に整理してもらい、確認が必要なら、確認済証の交付を受けてから着工する工程を組みます。
確認不要でもフリーパスではない。古い建物の書類を探そう
建築確認の手続きが不要な工事でも、適用される建築基準法の規定に適合する必要があります。既存建築物については、既存不適格の取扱いや改修に伴う適用範囲も個別に確認します。
古い建物に現在の基準と異なる部分があることと、直ちに違反建築であることは同じではありません。だからこそ、大家さんが年式だけで判断せず、確認済証、検査済証、図面、増改築の履歴を集めて現況と照合することが役に立ちます。
図面がない場合は、「ないので何とかなるでしょう」ではなく、現況調査や図面作成にどのくらいの時間と費用が必要かを先に聞きましょう。書類の空白を、電卓の気合いで埋めることはできません。
また、住戸を宿泊施設や収納スペースに変えるなら、工事規模の判断に加えて、用途変更、用途地域、消防等の検討が必要です。今回は住宅として貸し続ける例ですが、「工事の確認が不要だったから別用途にも使える」とは考えないでください。
30万円安いはずが、22万円の逆転負け?
同じ改修目的で、A社の当初見積りが300万円、B社が330万円だったとします。金額は税込の支払い予定額。比較する前に、同じ工事範囲・材料の水準を前提として、含まれる費用を聞き直します。
A社は調査・設計・申請対応25万円と養生・処分等20万円が別途。B社には、その内容が含まれていると仮定します。追加工事の予備費は両社20万円、賃貸再開までの無収入期間はA社3か月、B社2か月と見込みます。家賃は月7万円です。
| 比較する項目 | A社案 | B社案 |
| 当初の見積額 | 3,000,000円 | 3,300,000円 |
| 別途の調査・設計・申請対応 | 250,000円 | 当初見積額に含む |
| 別途の養生・処分等 | 200,000円 | 当初見積額に含む |
| 追加工事の予備費 | 200,000円 | 200,000円 |
| 支出に備える予算枠 | 3,650,000円 | 3,500,000円 |
| 家賃が発生しない期間 | 3か月 | 2か月 |
| 満室継続と比べた家賃収入の差 | 210,000円 | 140,000円 |
| 支出枠と収入差を合わせた影響 | 3,860,000円 | 3,640,000円 |
最初はA社が30万円安く見えましたが、この条件ではB社のほうが資金計画への影響は22万円小さくなります。「別途」の二文字、なかなかの重量級です。
家賃が入らない21万円・14万円は、工事代として支払う経費ではありません。工事をせず満室で貸し続けられた場合との収入差です。すでに空室で、工事なしでは貸せない建物なら、そのまま貸せる想定が適切かも見直します。
予備費20万円も、必ず使う金額ではなく、この例の予算です。解体後に分かる腐食や漏水等があれば不足することもあります。安い見積りを否定する話ではありません。範囲、含まれる費用、工期をそろえて、初めて価格差の理由が分かります。
「工期1か月」で家賃はいつ戻る? 工程表の前後を見よう
見積書の「工期1か月」は、着工から工事完了までだけを指しているかもしれません。現況調査、設計、必要な確認手続き、資材の手配、完了後の検査や是正まで含むかを確認しましょう。
| 段階 | 先に決めておくこと | 待ち時間を減らす確認 |
| 調査・計画 | 改修範囲と法令上の扱い | 必要図面、追加調査、相談先 |
| 見積り・手続き | 設計・申請の担当と費用 | 不足書類、審査対応、着工条件 |
| 施工 | 発注材料と追加工事の判断方法 | 納期、現場写真、承認する人 |
| 完了・募集 | 必要な検査、是正、清掃、賃貸再開日 | 引渡書類、設備説明、募集条件 |
工事中の追加提案は、写真、原因、必要範囲、金額、工期への影響をそろえてもらい、原則として実施前に合意する流れをつくります。緊急に安全確保が必要な場合の連絡先と初動も決めておきます。
「とりあえず全部お願いします」は、大家さんの気持ちとしては分かります。でも、電卓にまで白紙委任状を渡す必要はありません。
月ごとの資金表には、着手金、中間金、残金、借入返済、固定資産税、保険などを並べます。家賃が止まっても、支払いまで休憩してくれるとは限りません。追加工事で1か月延びたケースも一度計算しておくと、必要な手元資金が見えてきます。
募集も「工事が終わってから考える」ではなく、完成予定がどこまで確実になったら掲載するかを管理会社と相談します。未確定の完成日を約束してしまうと、工事と賃貸の両方で調整が必要になります。
請求書に「修繕」と書けば全額経費? 税務も中身で判定します
建築確認が必要だから全額が資本的支出、確認が不要だから全額が修繕費。どちらも、そのようには決まりません。
税務では、通常の維持管理や原状回復のための支出か、資産の価値を増やしたり使用可能期間を延ばしたりする部分かなど、工事の実質で判断します。資本的支出となる部分は、原則として減価償却を通じて必要経費にしていきます。
そのため、見積り段階で、壊れた箇所を元に戻す工事と、性能・仕様を高める工事を分けてもらいます。契約書、明細、施工前後の写真、数量があれば、税理士も判断しやすくなります。請求書の表題を「修繕工事」にしても、中身まで変わるわけではありません。
節税効果を資金繰りに入れるときも、工事代がそのまま税金から戻る計算にはしないでください。所得、税率、必要経費に算入する時期によって効果が変わり、支払いと税負担の減少には時間差もあります。
「年内に払えば全額経費」という早合点も避け、工事の完成時期や内容を含めて確認します。工事を決める理由は、税金が減るかに加えて、建物を安全に使い、貸し続けるために必要かどうかです。
ハンコの前に、この3点。工事・日程・資金の答え合わせ
まず建築士には、改修する部位と数量、確認手続きの要否、基準適合の検討事項、必要な調査をまとめてもらいます。「確認不要」という結論だけでなく、その前提も残しておくと、工事内容が変わったときに再検討できます。
次に施工会社には、同じ範囲にそろえた見積りと工程表を依頼します。見積りに含まない項目、追加費用が生じる条件、検査・是正までの担当を具体化します。
最後に、税理士や管理会社と、支払い予定と家賃再開予定を合わせます。税務上の処理と現金の動きを別に確認し、追加工事が出ても資金を保てるかを見てください。
改修後に家賃を上げる計画なら、近隣の成約状況を踏まえて、上げられなかった場合の収支も確認します。必要な修理と、家賃アップを狙う追加投資を分けると、「どこまで工事するか」の判断も容易になります。
見積書の最安値に丸を付けるのは、ここまで見てからで十分です。大家さんが買うのは工事一式という文字ではなく、必要な状態の建物と、賃貸を再開できる見通しなのです。
参考資料
[1] 国土交通省「木造戸建の大規模なリフォームに関する建築確認手続について」(2025年2月21日版、2025年4月1日施行対応) / 関連資料
[2] 国税庁「令和6年分 収支内訳書(不動産所得用)の書き方」(2024年分、2024年10月1日現在の法令等に基づく説明、修繕費・資本的支出)































