
東雲結子「万一の段取り表、できました! 契約の終了、荷物の保管、全部書いてあります」
管理担当「担当者の欄が、全部『誰か』ですが」
東雲結子「そのとき動ける人が、柔軟に……」
管理担当「この『誰か』さん、夜間も対応して、荷物も運んで、しかも無給ですね」
東雲結子「採用できたら、うちのエースですね」
管理担当「採用できれば。実在していれば」
東雲結子「いちばん大事なところだけ、架空でした……」
段取り表はきれいなのに、誰が動くのか決まっていない。これでは、いざというときに関係者全員が「私の仕事だったんですか?」となりかねません。本人の希望を聞くことと、その希望を実行できる権限・連絡先・費用を用意することは、セットで考えたいところです。
単身の方への賃貸で、万一の契約終了や残された家財が気になる。そこで使える選択肢が、国土交通省と法務省が2021年に示したモデル契約です。今回は、ひな形を持っているだけで終わらせず、実際に誰が動き、費用をどう準備するかまで整理します。
合鍵はある。でも、勝手に片付けていい?
通常の賃貸借では、借主が亡くなっても契約が自動で終了するわけではなく、借りる権利や家財の所有権は原則として相続人へ承継されます。部屋が大家さんの所有物でも、室内のアルバムや家具まで大家さんの物になるわけではありません。
鍵を持っている、緊急連絡先を知っている、保証人がいる。いずれも、それだけで契約終了や家財処分を自由に進められる根拠にはなりません。鍵に相続手続きまで開けてもらおうとすると、担当業務を盛りすぎです。
まず分けたいのは、部屋へ立ち入る権限、契約を終わらせる権限、家財を動かす権限、処分する権限です。片付け業者に見積りを頼むことと、処分を発注できることも別。急ぐほど、誰がどの立場で指示を出すのかを先に確認します。
なお、契約終了までの家賃債権があることと、実際に回収できることも同じではありません。帳簿に請求額が立っていても、その金額が修繕業者への振込資金になるとは限らないため、資金繰りは入金の見通しで考えます。
契約を終える人、荷物を動かす人。両方決まっていますか?
モデルは、本人が生前に事務を依頼し、必要な権限を与える仕組みです。中心となる二つの契約に加え、賃貸借契約にも関連する条項を設けます。[2]
| 準備する書面・約束 | 主な役割 | 大家さんの確認点 |
| 契約終了の事務の委任 | 死亡後の合意解除等を行う代理権 | 対象物件、受任者、権限の範囲と終了条件 |
| 残置物処理の事務の委託 | 家財の送付、搬出・保管、処理等 | 指定品、送付先、費用、記録方法 |
| 賃貸借契約の関連条項 | 受任者の変更や死亡等の通知 | 誰が誰へ、どう通知するか |
同じ受任者に二つの事務を頼むこともできます。ただし、契約書を一冊に綴じただけで、権限まで自動合体するわけではありません。解除の依頼だけなのに、家財の廃棄も任せたつもり、という状態を残さないことです。
受任者は本人の意思で選びます。モデルは、契約終了の受任者について、まず将来相続人になると考えられる人を検討し、難しい場合には居住支援法人等の第三者を検討する考え方を示しています。大家さん自身を、契約終了や残置物処理の受任者にすることは、利益対立のおそれから避けるべきとされています。
管理会社に依頼する場合も、普段の管理契約に自動で含まれるとは考えず、引き受ける事務と立場を確認します。モデルの使用は一律の法的義務ではなく、本人・受任者の十分な理解と任意の同意が前提です。必要性や一方的な条件になっていないかも、法律の専門家と確認してください。
「3か月待てば完了」ではない。期限は一つじゃありません
モデルを使う場合、重要な時点は一つではありません。次は、2021年公表モデルが置く主な手順です。実際には、締結した契約の内容と状況を確認して進めます。
| 時点・期間 | モデルに沿った主な対応 |
| 大家が死亡を知ったとき | 解除の受任者へ速やかに書面・電磁的記録で通知 |
| 家財を搬出する前 | 本人が定めた通知先がある場合、原則として搬出の2週間前までに通知 |
| 保管に適した非指定品の廃棄 | 死亡から3か月経過し、かつ賃貸借が終了した後 |
| 解除の受任者が死亡を知ってから、契約で定めた期間が経過 | 解除関係の委任契約が終了し、代理権が消滅。モデルの記入例は6か月 |
6か月はモデルの記入例です。実際には、事務に要する期間を踏まえ、契約で定めた期限を確認します。
「3か月たてば大家さんが自由に捨てられる」という法律ではありません。適切な契約に基づく受任者の権限と手順の話です。売却できる非指定品は換価に努めるなど、処分方法にも条件があります。
また、保管に適さない食品等や、指定先へ送る品には別の規定があります。全部を同じ日に一斉処分する前提で、片付け業者の予定を押さえないでください。カレンダー一枚に、違う仕事の締切を無理に同居させると混乱します。
6か月の規定も、入居者側を追い出せる期限ではありません。解除を扱う代理権がいつまで続くかという話です。相続人が継続入居を希望している、受任者と連絡が取れない、委任契約が終了している、といった事情があれば、想定した流れは変わります。権限を確かめず処理を進めず、関係者と専門家へ相談しましょう。
「大事な物」のシールだけでは、荷物は相手に届かない
本人に指定してもらうのは、品名だけではありません。写真、保管場所、送付先の氏名・住所、他人の所有物ならその区別も必要です。借りている機器や家族から預かった品を、本人の所有物と同じ扱いにしないためです。
「引出しの大事な物」では、引出しの数だけ捜索が始まります。アルバムなら表紙、箱なら置き場所など、後から照合できる情報を添えましょう。本人が買い替えたり、渡したい相手が転居したりしたときの更新方法も決めます。
搬出時は、モデルに従って第三者立会いの下で状態を確認・記録します。実務では、部屋と保管品の対応が分かる番号、写真、搬出日、保管場所、引渡し・処分の記録を残す方法が考えられます。写真が大量にあっても、どの箱の写真か分からなければ、アルバムがもう一冊増えるだけです。
現金や売却代金も、大家さんや受任者の臨時収入にはなりません。モデルは相続人への返還や、必要な事務処理費用への充当を定めています。金銭の一覧、収支、領収書を分けて管理し、誰の権限で何に充てたかを記録します。
保管場所を変えたら、家賃の再開を早められる?
ここは経営上、見落としたくない点です。モデルは、廃棄までの保管を必ず賃貸住宅内で行うとはしておらず、権限を持つ受任者が適切な別の場所へ搬出し、保管することも想定しています。倉庫やトランクルーム等も例示されています。[2]
ただし、「捨てないから勝手に運んでよい」わけではありません。搬出前の通知や記録、保管先の条件は確認が必要です。新たに貸すには、元の賃貸借の終了と明渡し、工事、再募集時の説明事項など、別の準備もあります。
次は、契約終了・明渡しを適法に進められ、両案ともその後の旧借主側からの入金を見込まない局面での架空の比較です。部屋に家財を保管する案と比べ、別所保管で新入居の家賃発生が早まると仮定します。
家賃6万円、入居中の管理料5%。別所保管の追加費用は、移送4万円、保管料1万5,000円×2か月、追加の立会い・記録等1万円で、合計8万円。大家さんが負担する条件とします。
| 新しい家賃の開始が早まる期間 | 増収から管理料を引いた額 | 追加費用8万円との差 |
| 早まらない | 0円 | ▲8万円 |
| 1か月 | 5万7,000円 | ▲2万3,000円 |
| 2か月 | 11万4,000円 | +3万4,000円 |
金額は相場ではなく、税金や両案共通の処分費等を除いた比較です。既存の賃料債権等の回収、保管延長、追加工事があれば計算は変わります。2か月早く貸せるつもりでも、工事や募集に時間がかかれば効果は小さくなります。
保管先が安いという理由だけで移すのではなく、法的な段取りが整い、物を適切に守れ、実際に再募集を早められるかまで確かめる。ここまでそろって、費用比較が役に立ちます。
初回3万円で安心? 実行時の請求書まで先に読む
費用の見積りは、契約準備、年ごとの管理、実行時の報酬、搬出・保管・処分・送付に分けて取りましょう。誰の負担か、誰が先払いするか、相続人等への請求があっても回収できない場合にどうするかまで確認します。
仮に初回3万円、年5,000円を5年、実行時18万円なら、合計23万5,000円です。初回だけ見れば3万円でも、必要な資金はそこで終わりません。料金表の一行目だけを読むと、二行目以降が後日まとめて挨拶に来ます。
費用を前もって預けるなら、その管理方法、事業者が継続できなくなった場合、解約時の精算・返金条件も確認します。2024年の「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」も、サービス内容・費用の区分、前払金の管理、契約変更や解約時の対応を整理しています。
入居前に、本人・受任者・大家・管理会社が持つ書面と連絡先をそろえ、入居後は受任者や送付先の変更を反映する。事態が起きたら、権限と期限を確認してから発注し、最後は記録と金銭を精算する。この順序を共有しておくことが、本人の希望を守り、大家さんの無駄な支出や手戻りを抑える備えになります。
※会話・金額・短縮期間は説明用の架空例です。2025年10月掲載を想定し、2021年公表モデルの基本的な仕組みを扱っています。
参考資料
[1] 国土交通省・法務省「残置物の処理等に関するモデル契約条項(ひな形)の策定について」(2021年6月7日)。賃借権・家財の相続、死後事務委任の概要。
[3] 内閣官房ほか関係省庁「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」(2024年6月)。第2の契約内容・費用説明、第3の前払金管理、契約変更・解約、第4の事業継続等。相談先選定と費用確認に関する参考資料。































