「家賃が入ったら、妻の口座にも移しています。名義は妻だから、妻の財産ですよね?」

通帳の表紙は、持ち主を考える大事な手掛かりです。でも、相続税では表紙だけで話が終わらないことがあります。逆に、「夫の収入が多かったから、妻の預金も全部夫のもの」と片づけてよいわけでもありません。

家族のお金が行き来している大家さんは、残高と一緒に「そのお金が来た道」を確認してみましょう。

名義預金は、名前と実態がずれた預金

相続税で問題になる名義預金とは、家族などの名義になっていても、実質的には亡くなった人に帰属していた預金です。国税庁の申告用チェックシートにも、名義が違っていても被相続人に帰属する預金がないか、確認する欄があります。

判断では、資金を出した人、管理や運用をしていた人、利益を受ける人、贈与の有無、名義が付いた経緯などを合わせて見ます。印鑑を誰が持っていたか、という一つの事情だけで結論が出る話ではありません。

「家族なので、まとめて管理していました」という説明なら、その管理が誰のためだったのかまで確かめたいところです。

650万円を、ひとまとめに判断しない

次は、妻名義の口座の残高650万円について、入金の経緯を整理した架空の例です。利息や出金はないものとして、考え方を単純化しています。

残高につながる入金 金額 まず確認する資料
妻本人の給与から積み立てた分 300万円 給与の入金履歴、積立の記録
妻が自分の親から相続した分 200万円 遺産分割の資料、相続時の入金
夫の家賃口座から移した分 150万円 振込記録、移した目的、贈与の合意
合計 650万円 資料と現在残高の対応

最初の二つが妻の財産として形成されたことを資料で追えるなら、その説明を用意します。夫から移した150万円は、贈与なのか、管理を頼んだだけなのか、立替金の精算なのか。その中身の確認が必要です。

この表は「相続財産は150万円」と結論づける表ではありません。650万円全部を同じ理由で判断せず、入金ごとに確認するための整理です。

収入の比率を掛ければ持ち主が決まる?

「夫婦の収入が7対3だから、預金も7対3でしょうか」

それで計算できれば簡単ですが、実際のお金の形成過程と合っているかが問題です。片方には過去の相続財産があるかもしれませんし、生活費の負担や資産の売却もあります。

2022年の裁決には、原資を特定できず、収入が混在している可能性がある状況で、夫婦の収入比率などによる合理的な按分もできないとして、追加の相続財産認定を認めなかった事例があります。

ただし、「古い資料がなければ相続税はかからない」という意味ではありません。個別の事実と証拠に基づく判断です。資料を残さずに済ませる方向へ使うと、話が逆になってしまいます。

通帳を整理する日は、家族のお金の歴史も整理する日

まずは金額の大きな入金から、日付、出金元、入金先、目的、根拠資料を一覧にしましょう。給与、相続、贈与、貸付け、預り金が混じっていないかを確かめます。

過去のことが分からない部分は、推測で「贈与」と埋めずに「要確認」と残してください。家族に聞いた内容も、誰からいつ聞いたかを記録しておくと、資料との照合がしやすくなります。

相続税の申告に含めるか、税務署から指摘された内容を受け入れるかは、こうした確認をしたうえで判断します。実際に贈与があったなら、贈与税や相続税の生前贈与加算も別途検討が必要です。

家賃の移動先を増やすほど、通帳だけでは事情を読み取れなくなります。管理の便利さに、説明できる記録を一つ添える。将来の家族が「この150万円、何のお金だった?」と困らないよう、今のうちに道しるべを残しておきましょう。

 

参考資料

[1] 国税庁「相続税の申告のためのチェックシート(令和4年分以降用)」1頁、現金・預貯金。参照箇所は預金の帰属確認に限定。

[2] 国税不服審判所「平成25年12月10日裁決」裁決事例集第93集。預貯金の管理、原資、贈与の有無等の総合判断。

[3] 国税不服審判所「令和4年2月15日裁決」裁決事例集第126集。財産の帰属と収入比率等による按分の限界。個別の証拠関係に基づく判断。

[4] 国税庁「令和5年度 相続税及び贈与税の税制改正のあらまし」贈与税と生前贈与加算。