「この傷、入居したときからありました」「いや、なかったはずです」。
退去の立会いが、いつの間にか記憶力対決に。
できれば、大家さんも入居者さんも参加したくない大会ですよね。
原状回復では、請求できる金額を正しく確かめることが大切です。ただ、大家さんの手残りを考えるなら、もう一つ見たい数字があります。退去してから、次の家賃が入るまでの日数です。
退去精算と次の募集を上手に進めるには、負担区分の確認と工事の準備を、別々に止めずに進める工夫が役立ちます。
原状回復は、部屋を新品に戻すサービスではありません
通常の使用による傷みや、時間とともに生じる劣化は、借主の原状回復義務から除かれます。借主の故意・過失などによる損傷があれば、その責任や必要な補修範囲を確認します。
退去後に部屋全体をきれいにする工事を発注する場合でも、その全額がそのまま借主への請求額になるとは限りません。次の入居者さんのためのグレードアップも混じっていないか、項目を分けて見ましょう。
| 確認する傷み・工事 | 原則的な検討の方向 | そろえたい資料 |
| 日照による壁紙の変色 | 経年変化として貸主負担を検討 | 入居前後の写真 |
| 借主が不注意で破った壁紙 | 補修範囲と経過年数を考慮 | 破損箇所・張替え日の記録 |
| 色をそろえるため破損のない別の面まで張替え | 貸主の負担部分を区別 | 面ごとの数量と見積り |
| 最新設備へのグレードアップ | 原状回復と分ける | 既存仕様と変更内容 |
表は特約等を個別に検討する前の整理です。クリーニング代などの特約は、内容、金額、説明や合意の状況、消費者契約法との関係などによって判断します。「契約書に書いた」の一言ですべて決まるわけではありません。
壁紙の6年は、入居者さんが住んだ年数だけではありません
国土交通省の原状回復ガイドラインでは、壁紙について、6年で残存価値が1円になるように経過年数を考慮し、借主の負担割合を算定する考え方を示しています。法令で一律の請求額が決まる表ではなく、個別の契約や使い方なども確認します。
ここで見落としやすいのが、壁紙をいつ張り替えたかです。入居時点で新品から3年が経過し、その後2年間住んだなら、壁紙の経過年数は合計5年。入居期間の2年だけで計算すると、借主負担を重く見積もることになります。
仮に、借主の過失による補修対象の一面について、張替え費用が3万6,000円、経過5年で、6年の直線的な減価を使うとします。残り1年分の約6分の1なので、借主負担の目安は約6,000円です。1円の残存価値を省略した概算で、別途の工事費等は考慮していません。
一方、「6年を過ぎれば何をしても負担ゼロ」という話でもありません。故意に傷めた場合など、工事に伴う費用の負担が必要になることがあります。
張替え日の記録がないと、退去後に大家さん自身も困ります。工事の請求書を保存するときは、物件名だけでなく号室と施工した面が分かるようにしておきましょう。
請求の話合いと、次の入居準備を分ける
例えば月額家賃7万2,000円の部屋で、争いのある追加請求3万円について話し合っているとします。大家さんが「決着するまで工事を発注しない」と考え、その結果、次の入居開始が14日遅れたと仮定するとどうでしょう。
1か月を30日とした家賃相当額は、7万2,000円÷30日×14日=3万3,600円。3万円の請求が全部通っても、それ以上の家賃を逃す計算です。これは、その14日分を本来は貸せた場合の比較で、工事を早めれば必ず入居が決まるという意味ではありません。
だからといって、正当な請求まで全部あきらめる必要はありません。退去時の状態、原因、範囲を十分に記録したうえで、争いのない工事を先に進められるか、精算交渉と再募集を並行できるかを管理会社と相談します。
工事をすると証拠がなくなる箇所もあります。写真や動画、立会い記録、見積書を残し、争いが大きい場合には法律の専門家に記録方法や進め方を確認してから着手しましょう。
写真は、次の退去の自分への引継ぎ資料
入居前と退去時に、同じ場所を同じ向きから撮影しておくと比較しやすくなります。全体写真に加えて、傷の位置と程度が分かる写真を残し、入居時の確認票と一緒に管理してください。国土交通省も、チェックリストや写真による確認をトラブル予防の方法として示しています。
管理会社への依頼も「原状回復をお願いします」から一歩だけ具体的に。「借主負担と貸主負担を分けた見積りと、募集再開までの日程を一緒にください」と伝えてみましょう。
請求額の大きさだけでなく、根拠が明確で、次の家賃につながる段取りになっているか。そこまで見ておくと、退去精算がずっと経営の話になります。
参考資料
[1] 国土交通省「『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』に関する参考資料」(2023年3月、2〜5頁・16〜18頁)。原状回復義務、壁紙の経過年数、補修範囲、耐用年数経過後の留意点について。
[2] 国土交通省「『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』(再改訂版)のQ&A」(2011年8月版に基づくQ1〜3、Q7、Q16)。入退去時の記録、特約、クロスの補修について。































