東雲結子:「3億円で売って1億2,000万円利益が出ても、買換え特例なら税金はほぼ消えますよね?」

税理士石井:「“消える”ではなく、“将来へ送る”です」

東雲結子:「うーん、同じ税金なら、遠くへ送ったまま戻ってこなければ……」

税理士石井:「買換資産の取得費が圧縮されるので、減価償却や次の売却で戻ってきます」

東雲結子:「では、目先の納税資金を残せる代わりに、未来の税負担を引き受ける?」

税理士石井:「その理解が近いです。しかも資産の組合せ、面積、取得時期、事業供用、届出に要件があります」

東雲結子:「えー、それは売ってから考える制度ではないですね」

税理士石井:「はい。買手を探す前から、買換資産と税務手続きを一緒に設計する制度です」

 

賃貸物件を売却して大きな譲渡益が出ると、次の物件を買う前に税金で現金が減ります。そこで検討されるのが、特定の事業用資産の買換え特例です。代表的な区分では、譲渡した年の1月1日時点で10年を超えて保有する国内の事業用土地・建物等を売り、国内の一定の事業用資産へ買い換える場合、譲渡益の一部に対する課税を将来へ繰り延べられます。

現行の主要な長期保有資産の買換えは2026年3月31日までの譲渡が対象とされ、国土交通省は3年間の延長を要望しています。メガ大家や法人で複数棟を組み替える方には重要ですが、制度名だけで判断すると危険です。

原則80%繰延べでも、利益の80%がそのまま非課税になるわけではない

制度の仕組みを直感的に示すため、譲渡益が1億2,000万円あり、標準的な80%繰延べが使える単純化した例を考えます。1億2,000万円の80%に当たる9,600万円相当を将来へ繰り延べ、残る2,400万円相当が現在の課税計算へ残るイメージです。

ただし、実際の計算は譲渡価額、買換資産の取得価額、取得費、譲渡費用、課税割合によって行います。買換資産の取得額が売却額より少なければ、差額部分は課税対象になります。立地や本社移転の有無によって課税割合が10%、20%、25%、30%、40%となる場合もあり、いつでも一律80%繰延べではありません。

課税を先送りした分、買換資産の取得費が低くなる

この特例は、売却益を免税にする制度ではありません。買換資産の税務上の取得費が圧縮されます。建物なら減価償却費が少なくなり、将来その買換資産を売却するときは譲渡益が大きくなりやすくなります。

目先の納税を抑えられることには大きな意味があります。売却代金を次の物件へ投入しやすくなり、融資額を抑えられるからです。一方、10年後に次の物件を売る予定なら、将来税負担まで含めた比較が必要です。目先の税額だけで「得」と結論づけないようにします。

代表的な長期保有資産の買換えには、10年超・300平方メートル等の条件がある

国税庁が示す代表的な組合せでは、譲渡年の1月1日時点で所有期間が10年を超える国内の土地・建物・構築物を譲渡し、国内の一定の土地・建物・構築物を取得します。買換資産が土地等の場合、事業用施設の敷地等で300平方メートル以上であることなどが求められます。

小規模区分マンションや、単に将来値上がりを期待して持つ土地が当然に対象になるわけではありません。売る資産と買う資産が共に事業用であるか、面積、用途、取得時期、事業供用期限を一つずつ確認します。

2024年からの届出を忘れると、要件を満たしていても使えない

2024年4月1日以後の譲渡・取得では、特例を使うための届出が必要です。個人が同一年中に譲渡と取得を行う場合、譲渡日または取得日の早い日を含む3か月期間の末日の翌日から2か月以内に届出書を提出します。

例えば7月から9月までの期間に早い日がある場合、提出期限は11月末です。売却契約が終わってから確定申告時に考えればよい制度ではありません。譲渡と買換えのスケジュールが固まった段階で、税理士へ共有する必要があります。

延長が決まるまで、2026年4月以後の譲渡益は特例なしでも資金を回せるか確認する

国土交通省は2026年4月1日から2029年3月31日までの3年間延長を要望しています。しかし、2025年11月時点ではまだ要望段階です。2026年4月以後に売却予定なら、特例が使えないケースの納税額も試算します。

売却代金のほとんどを買換資産へ投入し、後から特例が使えないと分かれば、納税資金が不足します。売却前に、通常課税、80%繰延べ、立地に応じた別割合の三つを並べ、どのケースでも決済後の現金が不足しないように設計します。

確認事項 実務上のポイント
譲渡資産 事業用か、代表的区分では1月1日時点で10年超保有か
買換資産 国内の一定の事業用資産か、土地は300㎡以上等の要件を満たすか
課税割合 原則20%だが、立地等により10~40%の場合あり
取得・供用 所定期間内に取得し、原則1年以内に事業供用
届出 2024年4月以後は所定期限までの届出が必要
制度の性質 免税ではなく課税繰延べ

 

参考資料

国土交通省「令和8年度税制改正要望事項」長期保有土地等の事業用資産の買換え

国税庁 No.3405「事業用の資産を買い換えたときの特例」

国税庁 No.5655「譲渡した事業年度に買換資産の取得ができないとき」

※ 重要:2025年11月時点では、国土交通省の延長要望は確定した改正ではありません。年末の税制改正大綱、法案、成立法および適用要件を再確認してください。個別の税務判断は、取引日・資産・地域・契約内容により異なります。