「会社の資金繰りが厳しくなった時期から、父の役員報酬自体を0円にしていました。でも、修繕の判断や銀行との話は、ずっと担当してくれました」

資産管理会社の引継ぎでは、こんな事情も考えられます。いよいよ退職金を検討し、計算式の「最後の月額報酬」に0円を入れたら、答えも0円。長年の仕事まで、電卓から消えてしまうのでしょうか。

結論を急がず、まずは実際の仕事と退任の内容を整理しましょう。

報酬を受け取っていない期間にも、仕事はあり得ます

役員退職金のうち、法人税で不相当に高額とされる部分は損金になりません。その判断では、業務に従事した期間、退職の事情、同業で規模の近い法人の支給状況などが考慮されます。

したがって、最後の給与額だけで、退職金の税務上の適正額が必ず0円になると決めることはできません。ただし、「長年名前を貸してくれたから」という事情だけで、仕事への対価を説明することもできません。

仮に、父が創業以来16年間、賃貸物件の運営を担当し、最後の3年間だけ資金繰りの事情で無報酬だったとします。確認したいのは、その3年間も何をしていたかです。無報酬の理由だけでなく、担当業務が続いていた資料が大切になります。

まず作るのは、退職金の計算表より「仕事の年表」

役員退職金では、最終報酬月額、在任年数、功績に応じた倍率を掛ける方法が使われます。ただし、どの会社にも同じ倍率を入れればよい、というものではありません。

最終月額が在職中の貢献を適切に反映しない特段の事情がある事案では、同業類似法人の退職給与の1年当たり平均額を使う方法が合理的とされた裁決もあります。

もっとも、「無報酬だから1年当たり○万円で自由に計算」「昔いちばん高かった給与に差し替え」と決めてよいわけではありません。比較先の選び方や算定方法の理由が必要です。

年表で整理すること 用意する資料の例
いつ、どの立場で経営に携わったか 登記、議事録、職務分担表
無報酬になった理由とその期間 報酬決議、資金繰り表
無報酬期間にも担当した仕事 融資の交渉記録、工事の承認記録
いつ、何を後継者へ引き継ぐか 引継書、銀行や管理会社への連絡

この年表を見てから、どの期間を算定に含め、何を比較の根拠にするか検討します。退職金の金額を先に決め、あとから年表を合わせる順番にはしないようにしましょう。

「会長になります」の一言では、退職は完成しません

退任後も、借入れ、売買、大規模修繕をすべて父が決める。息子は書類上の社長になっただけ。これでは、実際の経営上の立場がどれほど変わったかが問題になります。

役員の肩書や担当を変更して退職給与として扱う場合には、地位や職務が大きく変わり、実質的に退職したのと同様の事情があることが必要です。常勤から非常勤になっても、代表権があったり、実質的に経営の主要な地位を占めたりする場合には、単純に当てはめられません。

父への感謝と、会社の意思決定を引き継ぐ作業は、どちらも大切です。契約の決裁、銀行対応、管理会社への指示を誰が担うかまで具体化すると、経営の引継ぎも進みます。

会社の支払いと、父の手取りを並べて考える

金額が固まっても、確認はもう少し続きます。通常の役員退職給与の損金算入時期は、株主総会決議等によって額が具体的に確定した事業年度が基本です。実際に支払った年度で損金経理する取扱いもあります。一方、肩書や担当の変更を退職と同様に扱う「分掌変更」の場合、未払計上しただけでは原則として退職給与の支給に含まれません。退任の形に応じて、実際の支払時期まで確認します。

一方、受け取る本人の退職所得、勤続年数、源泉徴収は別の検討です。会社側で妥当な算定方法を使ったからといって、個人側の処理まで完了するわけではありません。

予定する退職金に、今後の修繕、返済、納税資金も並べてみてください。退職金を支払った翌月、会社の口座が息切れしては困ります。

まずは、無報酬になった時期から現在までの仕事を、資料と一緒に振り返ること。0円という数字だけでは見えない貢献を確かめ、説明できる金額と無理のない支払い方を検討しましょう。

参考資料

[1] 国税庁掲載・東京地裁令和2年3月24日判決、税務訴訟資料第270号-43(順号13403)、2頁「関係法令の定め」:法人税法34条2項、同施行令70条2号。判決の具体的認定額を一般的な相場として使用していません。

[2] 国税庁・法人税基本通達9-2-27の3、9-2-28、9-2-32「退職給与」。

[3] 国税不服審判所・昭和61年9月1日裁決の公表要旨(最終報酬月額が貢献を反映しない事情と1年当たり平均額法)。