東雲結子:石井先生、実家の押し入れからバブル時代のアルバムが出てきました! これ、1989年の母です。見てください、この肩パッド。ほぼ屋根です。

税理士石井:ははは、雨の日も傘いらずですね。時代の勢いが、そのまま肩に乗っています。

東雲結子:写真の裏には父のメモがあって、「土地は来年もっと上がる」って書いてあるんです。……実際、どうだったんですか?

税理士石井:うーん、その「来年」が分かれ目でした。日銀は1989年5月から1990年8月までに公定歩合を5回上げて、2.5%から6.0%にしています。1990年4月からは、銀行の不動産業向け貸出の伸びを抑える「総量規制」も始まりました。

東雲結子:アクセルから足を離して、ブレーキを2本踏んだんですね。じゃあ地価は、翌月にはもう下がり始めた?

税理士石井:それがですね……地価公示で見ると、全国も東京圏も、ピークは1991年1月1日時点。最初の利上げから1年7か月ほど、まだ上がっていたんです。

東雲結子:ブレーキを踏んでも、しばらく前へ滑っていく車……。肩パッドより手ごわいです。

税理士石井:ところが、いったん下がり始めると止まりませんでした。東京圏の商業地は2005年まで14年続けて下がり、1991年の約2割の水準に(当ブログの計算)。公定歩合は1995年に0.5%まで下がっていたのに、です。

東雲結子:えっ、金利を下げても戻らなかったんですか。父のメモの「来年」のところだけ、そっと消しゴムで消してあげたいです(汗)。

税理士石井:大家業でも、物件の値段は「何%で借りられるか」と「いくら借りられるか」の両方で決まりますよね。今日は、その2本のブレーキ、利上げと総量規制が地価に何をしたのかを、数字を時間の順に並べて確かめていきましょう。

連載「過去の金利動向から読み解く、今後の不動産価格」の第2回は、1980年代後半のバブルと、その崩壊です。日本で「金利が上がると不動産価格はどうなるのか」を考えるとき、いちばん大きく、そしていちばん痛みの大きかった実例がこの時代だと思います。日銀は公定歩合を1987年2月に2.5%まで下げたあと、1989年5月から1990年8月にかけて6.0%まで引き上げました。1990年4月からは、大蔵省の通達による不動産業向け融資の総量規制が始まります。地価公示で見ると、全国の住宅地と商業地、東京圏の住宅地と商業地は、いずれも1991年1月1日時点がピークでした。バブル崩壊のあと、地価は長い下り坂に入ります。

この回では、金利(公定歩合、プライムレート、10年国債利回り)、総量規制の中身、地価公示と市街地価格指数、新築マンション価格を、時間の順に並べます。そのうえで「利上げと総量規制のどちらが地価を止めたのか」を出典の範囲で確かめ、出典が答えていないところは当ブログの見方として分けて書きます。最後に、2025年末の今との違いと、この時代から持ち帰れることを考えます。

先に、数字の定義をそろえておきます。地価公示(国土交通省)は毎年1月1日時点の価格で、3月に公表されます。この記事の地価公示の変動率は、公表された対前年平均変動率です。ピークからの累積の変化率は、公表された前年比を当ブログがつないだ計算(前年の水準×(1+その年の変動率÷100)を毎年くり返す)で、平均変動率をつないだ近似値です。市街地価格指数(日本不動産研究所)は各年3月末と9月末の指数で、ここでは2010年3月末=100に換算しています。公定歩合は日本銀行が公表している実施日の値(商業手形割引率)、10年国債利回りは内閣府の長期経済統計の年末値(1997年以前は、東京証券取引所に上場する10年国債のうち期間がいちばん長い銘柄の利回り)です。

1987年2月、公定歩合は2.5%まで下がっていた

まず、金利の側から見ていきます。1983年10月から5.0%だった公定歩合は、1986年1月から1987年2月までの約1年1か月に5回引き下げられ、2.5%になりました。この2.5%は、1989年5月31日の利上げまで約2年3か月続きます。

実施日 公定歩合 動き
1983年10月22日 5.00% ―
1986年1月30日 4.50% 引き下げ(1回目)
1986年3月10日 4.00% 引き下げ
1986年4月21日 3.50% 引き下げ
1986年11月1日 3.00% 引き下げ
1987年2月23日 2.50% 引き下げ(5回目)
1989年5月31日 3.25% 引き上げ(1回目)
1989年10月11日 3.75% 引き上げ
1989年12月25日 4.25% 引き上げ
1990年3月20日 5.25% 引き上げ
1990年8月30日 6.00% 引き上げ(5回目)
1991年7月1日 5.50% 引き下げ(1回目)
1991年11月14日 5.00% 引き下げ
1991年12月30日 4.50% 引き下げ
1992年4月1日 3.75% 引き下げ
1992年7月27日 3.25% 引き下げ
1993年2月4日 2.50% 引き下げ
1993年9月21日 1.75% 引き下げ
1995年4月14日 1.00% 引き下げ
1995年9月8日 0.50% 引き下げ(9回目)

※日本銀行「基準割引率および基準貸付利率(従来『公定歩合』として掲載されていたもの)の推移」の商業手形割引率・国債等担保貸付利率。実施日の値。

用語メモ:公定歩合=日本銀行が民間の銀行にお金を貸し出すときの基準となる金利。この時代は金融政策の中心となる金利でした。今の日銀は「基準割引率および基準貸付利率」と呼んでいて、現在の政策金利(無担保コールレート翌日物の誘導目標)とは別のものです。

金利が低かったこの時期に、地価は大きく動きました。地価公示の東京圏の商業地は1987年に+48.2%、1988年に+61.1%。東京圏の住宅地は1987年に+21.5%、1988年に+68.6%です。たった2年で、東京圏の住宅地の平均は約2倍になった計算です(当ブログの計算)。全国平均はそのあとを追うように上がり、全国の住宅地は1988年に+25.0%、1990年に+17.0%でした。

なぜ、ここまで上がったのか。国土交通省の資料は、金融緩和にともなって金融機関の不動産取引に関連した融資が増えたこと、そして資産価格の上昇を見込んだ投機的な取引などによって地価が急激に高騰した、と説明しています。

実は、地価の上昇には、利上げより前から手が打たれていました。1986年4月以降、たびたびの通達で投機的な土地取引への融資を排除するよう指導が行われ、1987年7月からは土地関連融資の特別ヒアリング、1987年10月には投機的な土地取引への融資の自粛を求める通達が出ています。それでも、全国の地価の上昇は1990年代の入り口まで続きました。

大家として物件を見ていると、金利が低く、銀行が積極的に貸してくれる時期は、同じ家賃の物件にも高い値段を払える買い手が増える時期だと感じます。家賃という「中身」が変わらなくても、借りやすさという「外側の条件」だけで値札が書き換わる。この時代は、それが極端な形で起きた例だと私は受け止めています(当ブログの見方)。

1989年5月からの1年3か月で、公定歩合は6.0%へ

1989年5月31日の3.25%を皮切りに、公定歩合は5回引き上げられ、1990年8月30日に6.0%になりました。約1年3か月で3.5ポイントの引き上げです。銀行の貸出の金利も、同じ方向に大きく動いています。

金利 利上げ前の低い水準 引き締め期の高い水準
公定歩合 2.50%(1987年2月23日から) 6.00%(1990年8月30日から)
短期プライムレート(都市銀行の最頻値) 4.25%(1989年1月26日) 8.25%(1990年12月12日)
長期プライムレート 4.9%(1987年5月28日) 8.9%(1990年10月1日)
10年国債利回り(年末) 4.57%(1988年末) 6.41%(1990年末)

※短期プライムレートは1989年1月23日に始まった新しい方式のもので、それ以前の短期貸出金利(標準金利)とは別の系列。日本銀行「長・短期プライムレート(主要行)の推移」、内閣府「長期経済統計」による。

用語メモ:プライムレート=銀行が信用力の高い企業に貸すときの最優遇の金利。期間1年以内の貸出の基準が短期プライムレート(短プラ)、1年を超える貸出の基準が長期プライムレート(長プラ)です。

短期プライムレートは4.25%から8.25%へ、2倍近くになりました。仮に1億円を短期プライムレートちょうどの金利で借りていたとすると、1年分の利息は4.25%なら425万円、8.25%なら825万円です(元本の返済を考えない単純計算、当ブログの計算)。家賃が同じなら、手取りから毎年400万円が消えていく。大家の目線でこの表を見ると、背筋が少し寒くなります。

ところが、地価公示は利上げの間も上がり続けました。1990年1月1日時点の全国の住宅地は+17.0%、1991年1月1日時点でも+10.7%です。地価公示で見たピークは1991年1月1日で、最初の利上げから約1年7か月、最後の利上げ(1990年8月30日)からは約4か月あとでした。

ここは、ぜひ一度立ち止まってほしいところです。金利が上がり始めても、価格はすぐには下がらない。少なくとも年1回の地価公示では、天井が見えたのは利上げが終わったあとでした。地価公示は1月1日時点の年1回の値なので、実際の天井の時期には前後1年ほどの幅がある、という点も頭に置いておきたいところです。

総量規制は、不動産業向け貸出の伸びを「総貸出の伸び以下」に抑えた

金利というブレーキと並んで、もう一本のブレーキが踏まれました。総量規制です。

1990年3月27日、大蔵省(銀行局)は通達『土地関連融資の抑制について』を出しました。中身は、銀行の不動産業向け貸出の伸びを、総貸出の伸び以下に抑えるというものです(公的な宅地開発機関などへの貸出は除く)。建設業とノンバンク向けの貸出は量の規制の対象外で、実行状況の報告を求めるだけでした。不動産業・建設業・ノンバンクの三つをまとめて、いわゆる三業種規制と呼ばれます。

政府は1991年12月27日の答弁書で、総量規制は1990年4月に、地価の動向などを踏まえて「非常緊急の措置」として導入したと説明しています。経済産業研究所の論文によると、1991年12月20日の土地対策関係閣僚会議で方針が確認され、総量規制は1991年末をもって解除されました。同じ答弁書で政府は、所期の目的はおおむね達成されたと考えているとし、大都市圏の地価の下落傾向は強まりつつある、と述べています。

項目 内容
前段の措置 1986年4月以降の通達で投機的な土地取引への融資の排除を指導、1987年7月から土地関連融資の特別ヒアリング、1987年10月に融資の自粛を求める通達
通達 1990年3月27日、大蔵省(銀行局)『土地関連融資の抑制について』
実施 1990年4月から
中身 不動産業向け貸出の伸びを総貸出の伸び以下に抑える。建設業・ノンバンク向けは報告のみ
解除 1991年末(1991年12月20日に方針を確認)
解除のあと 不動産業向け貸出の前年比の伸びが総貸出を2か月続けて3ポイント以上上回れば金融界に注意を促し、5ポイント以上なら総量規制を導入する体制を整える仕組み(トリガー方式)
トリガー方式の終わり 1994年2月8日の通達で適用停止(経済産業研究所の論文)/1998年6月に廃止(国土交通省の資料)と、資料によって食い違う

用語メモ:総量規制=1990年4月から1991年末まで、大蔵省が銀行に求めた不動産業向け融資の量の抑制。金利(お金の値段)ではなく、貸出の量そのものにかけたブレーキです。

大家業にたとえるなら、取引のある銀行が窓口で「不動産向けの融資は、今年は貸出全体の伸びより増やしません」と言い出したようなものです。買い手の多くが借入で買う市場では、金利が何%かより先に、「そもそも借りられるか」で買い手の数が決まってしまいます(当ブログの見方)。

一方で、建設業とノンバンク向けの貸出は、量の規制の外にありました。銀行から見れば、量の上限がかからない貸出先が残っていた、という構図です。そこをどれだけのお金が流れたのかは、この記事で使った資料では確かめていません。

バブル崩壊で地価はどう下がったのか 東京圏の商業地は14年続けて下がった

では、地価そのものを見ていきます。

年(1月1日時点) 全国 住宅地 全国 商業地 東京圏 住宅地 東京圏 商業地
1986年 +2.2% +5.1% +3.0% +12.5%
1987年 +7.6% +13.4% +21.5% +48.2%
1988年 +25.0% +21.9% +68.6% +61.1%
1989年 +7.9% +10.3% +0.4% +3.0%
1990年 +17.0% +16.7% +6.6% +4.8%
1991年 +10.7% +12.9% +6.6% +4.1%
1992年 −5.6% −4.0% −9.1% −6.9%
1993年 −8.7% −11.4% −14.6% −19.0%
1994年 −4.7% −11.3% −7.8% −18.3%
1995年 −1.6% −10.0% −2.9% −15.4%
2000年 −4.1% −8.0% −6.8% −9.6%
2005年 −4.6% −5.6% −3.2% −2.5%

※国土交通省「令和7年地価公示」参考資料の対前年平均変動率。

この表には、二つの山があります。東京圏の上昇率の山は1988年で、利上げが始まる前です。1989年には住宅地+0.4%、商業地+3.0%まで、上昇の勢いが急に落ちていました。一方、全国平均は1990年・1991年も2けたの上昇が続きます。東京で始まった値上がりが、遅れて全国に広がっていったように見えます。国土交通省の資料も、地価は三大都市圏で1991年に、地方圏では1992年に下落に転じたとしています。

そして1992年1月1日時点で、全国の全用途平均は−4.6%と、1975年以来の下落になりました。ここから、長い下り坂が始まります。

図は、上の段に公定歩合(実施日の値)、下の段に地価公示の指数(1991年1月1日=100、前年比をつないだ当ブログの計算)を、1983年から2005年まで並べたものです。縦の点線が1989年5月の利上げ開始、灰色の帯が総量規制の期間(1990年4月〜1991年末)です。下の段の3本の線は、緑が全国の住宅地、オレンジの点線が全国の商業地、オレンジの実線が東京圏の商業地で、どれも1991年が頂点になっています。東京圏の商業地は1987〜88年に急な坂を駆け上がり(前年比の最大は利上げ前の1988年の+61.1%)、1991年からは3本の中でいちばん速く下って、2005年には20.9(1991年比−79.1%)。全国の商業地は30.6(−69.4%)、全国の住宅地は54.2(−45.8%)でした。上の段の公定歩合は、その間に6.0%から1995年9月の0.5%、2001年9月の0.1%まで下がっています。

ピークからどこまで下がったのかを、系列ごとにまとめます。

地価公示の系列 1983年→ピーク ピーク ピーク→2005年 底の年 ピーク→底 2025年の水準(ピーク比)
全国 住宅地 +102.2% 1991年 −45.8% 2016年 −54.1% −50.7%
全国 商業地 +126.8% 1991年 −69.4% 2014年 −74.3% −69.2%
東京圏 住宅地 +150.2% 1991年 −58.3% 2013年 −60.6% −53.9%
東京圏 商業地 +241.3% 1991年 −79.1% 2005年 −79.1% −68.4%

※各年1月1日時点。公表された対前年平均変動率をつないだ当ブログの計算(近似)。全国の住宅地は2017年、全国の商業地は2015年の変動率が0.0%で、底と同じ水準。

東京圏の商業地は1992年から2005年まで14年続けて下がり、1991年の約5分の1になりました。上がるときは1983年からの8年で3.4倍、下がるときは14年で約8割。全国の住宅地は1992年から下がり続け、2007〜2008年に小さく上がったあと再び下がって、2016年にピークから54.1%低い水準で底を打っています。最初の利上げ(1989年5月31日)から数えると、東京圏の商業地の底(2005年1月1日)までは約15年7か月、全国の住宅地の底(2016年1月1日)までは約26年7か月です。

数字を並べているだけなのに、ため息が出ます。全国平均の指数で見ると、1991年に住宅地を買った人は、35年のローンを返し終えるずっと前に、土地の値段が半分以下になった計算です。

市街地価格指数とマンション価格も、1990〜91年が天井だった

地価公示は年に1回の値なので、半年ごとの市街地価格指数と、マンションの価格でも確かめておきます。

指標 ピーク その後
市街地価格指数 六大都市 1990年9月末 2012年9月末までに住宅地−67.1%、商業地−86.7%
市街地価格指数 全国・全用途平均 1991年3月末(3月末の値で比べた場合。2010年3月末=100に換算して252.6) 1992〜2016年は毎年下落。2016年3月末までに−65.4%、2025年9月末は94.6(ピーク比−62.6%)
新築マンション 首都圏の平均価格 1990年 6,123万円(二次資料) 2021年の6,260万円で初めて上回る(二次資料)。2025年1〜11月の平均は9,418万円
新築マンション 東京23区の平均価格 1991年 8,667万円(二次資料) 2025年1〜11月の平均は13,366万円

※市街地価格指数は日本不動産研究所の指数。六大都市は内閣府の資料による。全国は内閣府の長期経済統計の水準と前年比、2025年9月末の公表値から当ブログが換算・計算。新築マンションは不動産経済研究所の数字で、1990・1991・2021年はロイターの報道などによる二次資料。

六大都市の市街地価格指数は1990年9月末がピークでした。最初の利上げから約1年4か月、そして最後の利上げ(1990年8月30日)の翌月末です。全国の全用途平均は、3月末の値で見ると1991年3月末がピークで、最初の利上げから約1年10か月。1985年3月末からピークまでに+61.5%上がり、1992年から2016年まで25年続けて下がりました。2016年3月末の水準はピークより65.4%低く、2025年9月末でもピークより62.6%低いままです(当ブログの計算)。

マンションも同じ時期に天井をつけています。首都圏の新築マンションの平均価格は1990年の6,123万円、東京23区は1991年の8,667万円がバブル期の最高でした(いずれも二次資料による)。

ただ、ここで2025年の数字を並べると、景色が逆になります。首都圏の新築マンションは2025年1〜11月の平均で9,418万円と、1990年より53.8%高く、23区の13,366万円も1991年より54.2%高い水準です(当ブログの計算)。全国の地価は、地価公示でも市街地価格指数でもピークの半分以下なのに、都市の新築マンションはバブル期を大きく超えている。日本銀行は2025年10月の金融システムレポートで、不動産価格の上昇について「資材価格の高騰や人手不足の影響などによる供給要因が寄与しているとみられる」とし、物件需要の堅調さや投資用マンション取引、海外投資家による商業用不動産取引などの需要も寄与している可能性があるとしています。今の高値の中身は、バブル期とはかなり違うと見ておくべきでしょう(当ブログの見方)。

利上げと総量規制、どちらが地価を止めたのか

ここからが、この回のいちばん大事な問いです。

先に、出典が言っていることを確認します。政府の答弁書は、総量規制の所期の目的はおおむね達成されたとし、大都市圏の地価の下落傾向が強まりつつあると述べています。国土交通省の資料は、一連の対策の結果として地価の高騰が沈静化した、と説明しています。けれども、利上げと総量規制のそれぞれがどれだけ効いたのかを分けて示した数字は、この記事で使った資料にはありません。

そこで、時間の順に並べてみます。

時点 金利・規制 地価
1988年1月1日 公定歩合2.5% 東京圏の上昇率が最大(住宅地+68.6%、商業地+61.1%)
1989年1月1日 公定歩合2.5% 東京圏の上昇率が急低下(住宅地+0.4%、商業地+3.0%)
1989年5月31日 利上げ開始(3.25%) ―
1990年1月1日 公定歩合4.25% 全国の住宅地+17.0%
1990年4月 総量規制の開始(公定歩合5.25%) ―
1990年8月30日 公定歩合6.00% ―
1990年9月末 ― 市街地価格指数(六大都市)のピーク
1991年1月1日 公定歩合6.00% 地価公示のピーク(全国・東京圏)
1991年3月末 ― 市街地価格指数(全国、3月末の値)のピーク
1991年7月1日 利下げ開始(5.50%) ―
1991年末 総量規制の解除(公定歩合4.50%) ―
1992年1月1日 公定歩合4.50% 全国の全用途平均−4.6%(1975年以来の下落)

この並びから、当ブログは次のように読んでいます。

一つ目に、東京圏では、上昇の勢いが利上げより前に落ちていました。1986〜87年の融資の指導が始まっていた時期と重なりますが、それがどれだけ効いたのかを示す資料は、この記事では確かめられていません。

二つ目に、1990年には、公定歩合の引き上げ(3月に5.25%、8月に6.0%)と総量規制(4月から)が、ほぼ同じ時期に重なりました。そして、半年ほどの間に六大都市の市街地価格指数がピークを迎え、地価公示のピークが続きます。ブレーキが同時に2本踏まれているので、どちらの効き目かを、数字から分けることはできません。

三つ目は、ブレーキの性質の違いです。利上げは、借りる人の返済額を重くし、払える価格を引き下げます。総量規制は、不動産業者が借りられるお金の量そのものを絞ります。この時代の地価が止まり、逆回転を始めたのは、この二つが重なったうえに、「土地は上がり続ける」という見込みそのものが崩れたからだと私は考えています(当ブログの見方)。どちらか一つで説明しようとすると、かえって大事なところを見落とすように思います。

利下げを重ねても、地価はすぐには戻らなかった

もう一つ、この時代が教えてくれることがあります。下げ始めた地価は、金利を下げても戻らなかった、ということです。

日銀は1991年7月から1995年9月までに公定歩合を9回引き下げ、0.5%にしました。2001年9月には0.1%です。10年国債利回りの年末値も、1991年の5.51%から1993年の3.32%、1995年の3.19%へ下がりました。総量規制も1991年末に解除されています。

それでも、東京圏の商業地は1993年−19.0%、1994年−18.3%、1995年−15.4%と、利下げの最中に大きく下がりました。全国の商業地は2014年、全国の住宅地は2016年まで底を打っていません。

国土交通省の資料は、バブル崩壊後の長期的な地価の下落によって、企業などが持つ土地資産の価値が下がったと述べています。ここから先は当ブログの見方ですが、土地は借入の担保でもあります。担保の価値が下がると、借り換えや追加の融資が難しくなり、売らざるを得ない人が出て、それがまた価格を下げる。利下げは返済を軽くしても、この流れと、「この先も下がるかもしれない」という見込みまでは、すぐには変えられなかったのだと思います。

大家業を長く続けていると、借入を返している間に物件の評価が下がることの怖さは、身にしみて分かります。家賃が入っている限り返済はできても、借り換えや売却の選択肢が狭まる。上がる局面では借りやすさが価格を押し上げ、下がる局面では借りにくさが価格を押し下げる。この非対称さこそ、バブル崩壊のいちばんの教訓かもしれません。

この時代から今に持ち帰れること:金利の水準より「借りられる量」と「時間差」を見る

最後に、2025年末の今と並べてみます。

項目 バブル期(1989〜90年の利上げ) 2024〜25年の利上げ(2025年12月31日時点)
政策金利 公定歩合2.5%→6.0%(+3.5ポイント、約1年3か月) −0.1%→0.75%(+0.85ポイント、2024年3月19日〜2025年12月19日の決定)
10年国債利回り 6.41%(1990年末) 2.070%(2025年12月30日の終値)
融資の量への規制 総量規制(1990年4月〜1991年末) なし。日銀は不動産業向け貸出について「高めの伸びが続いている」(2025年10月)
地価公示の上昇率 東京圏の商業地+61.1%(1988年) 東京圏の商業地+8.2%(2025年)
地価公示の水準(1991年比) 1991年がピーク 全国の住宅地−50.7%、東京圏の商業地−68.4%(2025年、当ブログの計算)
新築マンション(首都圏の平均) 6,123万円(1990年、二次資料) 9,418万円(2025年1〜11月)

※2025年の政策金利は2025年12月19日決定(12月22日から)。10年国債は新発10年債の終値(共同通信の報道による)。

ここからは、すべて当ブログの見方です。

まず、違いのほうが大きいということです。金利の上げ幅も水準も、バブル期とは大きく違います。2025年12月の政策金利0.75%から、2025年11月の消費者物価(生鮮食品を除く総合、前年同月比3.0%)を引いた実質の政策金利は−2.25%で、日銀自身も声明で「政策金利の変更後も、実質金利は大幅なマイナスが続き、緩和的な金融環境は維持される」と説明しています。地価の上昇率も、1988年の東京圏とは比べものになりません。全国の地価は、今もバブル期のピークを大きく下回っています。

それでも、持ち帰りたいことが三つあります。

一つ目は、時間差です。バブル期には、最初の利上げから地価公示のピークまで約1年7か月かかりました。「利上げしたのに、まだ上がっている」ことは、安心してよい理由にはなりません。かといって、同じ時間差が今回もそのまま当てはまるとも限りません。年1回の地価公示には前後1年ほどの幅がある、という点も含めて、時間差は目安として持っておくくらいがちょうどよいと思います。

二つ目は、金利の水準より、お金の量を見ることです。バブル期の転換点には、利上げと並んで総量規制という「量」のブレーキがありました。今、量の規制はありません。ただ、日銀は2025年10月の金融システムレポートで、不動産業向け貸出は高めの伸びが続いているとし、「先行きの不動産需要等に関する市場参加者の見方が変化する場合には、不動産価格が調整する可能性も考えられる」と書いています。銀行の貸出姿勢が変わるかどうかは、金利の数字と同じくらい大事な信号です。

三つ目は、下がり始めたときの非対称さです。バブル崩壊のあとは、利下げを重ねても地価は長く戻りませんでした。物件を買うとき、借りるときは、「金利が上がっても返せるか」に加えて、「価格が下がっても借り換えや売却で困らないか」まで確かめておく。大家としても、住宅を買う一人の生活者としても、これがいちばん現実的な備えだと私は思います。

これから確かめたいのは、日銀の次の判断と、毎年3月に公表される地価公示、そして4月と10月の金融システムレポートで不動産向け融資がどう書かれるかです。日銀は2025年12月19日の声明で、経済・物価情勢の改善に応じて「引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている」と説明しています(2025年12月31日時点)。

金利が不動産価格に効く経路を取り上げる回、2006〜2008年の利上げとリーマン・ショックを取り上げる回、2026年以降の不動産価格を金利のシナリオで考える回もあわせてどうぞ。

 

※本記事は公表資料をもとにした情報提供を目的としたもので、特定の不動産や金融商品の売買、借入を勧めるものではありません。価格や金利のシナリオは当ブログが置いた前提による試算で、将来の価格や金利を予想・保証するものではありません。

※数値は各機関の公表資料をもとに当ブログが集計・計算したもので、四捨五入の関係で合計が合わない場合があります。金利・価格は2025年12月31日までに公表された値で、時点は本文・表に記載しています。税制は2025年12月31日時点の法令にもとづき、令和8年度税制改正大綱の内容は今後の法改正で決まります。

出典・参考

  • 日本銀行「基準割引率および基準貸付利率(従来『公定歩合』として掲載されていたもの)の推移」(日本銀行、ページに日付の記載なし)https://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/discount/discount.htm
  • 日本銀行「長・短期プライムレート(主要行)の推移」(1966〜1988年の表、日本銀行、ページに日付の記載なし)https://www.boj.or.jp/statistics/dl/loan/prime/primeold.htm
  • 日本銀行「長・短期プライムレート(主要行)の推移」(1989〜2000年の表、日本銀行、ページに日付の記載なし)https://www.boj.or.jp/statistics/dl/loan/prime/primeold2.htm
  • 内閣府「平成29年度 年次経済財政報告」長期経済統計 金融(内閣府、2017年)https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je17/h11_data07.html
  • 内閣府「平成29年度 年次経済財政報告」長期経済統計 物価(内閣府、2017年)https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je17/h11_data05.html
  • 内閣府 月例経済報告 主要経済指標「地価」(内閣府、2013年5月)https://www5.cao.go.jp/keizai3/getsurei/2013/05shihyou/shihyou3-3.pdf
  • 「衆議院議員渋谷修君提出『不動産業向け貸出しの総量規制の解除』に関する質問に対する答弁書」内閣衆質一二二第五号(衆議院、1991年12月27日)https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumona.nsf/html/shitsumon/b122005.htm
  • 植村修一「マクロプルーデンス政策の観点からみた1990年代の不動産業向け融資の総量規制-クロノロジーと政策的含意-」RIETI Policy Discussion Paper 12-P-019(経済産業研究所、2012年11月)https://www.rieti.go.jp/jp/publications/pdp/12p019.pdf
  • 国土交通省「平成時代における土地政策の変遷と土地・不動産市場の変化」(国土交通省、PDFに刊行日の記載なし)https://www.mlit.go.jp/common/001293752.pdf
  • 国土交通省 令和7年地価公示 参考資料「公示価格年別対前年平均変動率」(国土交通省、2025年3月)https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/content/001873097.pdf
  • 日本不動産研究所 第169回「市街地価格指数」(2025年9月末現在)(日本不動産研究所、2025年11月27日)https://www.reinet.or.jp/wp-content/uploads/2025/11/published-document_ulpi-and-wfhmvi_2025091.pdf
  • 「首都圏マンション平均価格、2021年はバブル期超え過去最高」(ロイター、ビジネス+IT転載、2022年1月25日)https://www.sbbit.jp/article/refers/79413
  • 小林正宏「バブル期より3割高くなった首都圏 新築分譲マンション価格」(ニッセイ基礎研究所、2024年1月31日)https://www.nli-research.co.jp/files/topics/77402_ext_18_0.pdf?site=nli
  • 不動産経済研究所「首都圏・近畿圏マンション市場予測 ―2026年の供給予測―」(不動産経済研究所、2025年12月23日)https://www.fudousankeizai.co.jp/share/mansion/652/mdn20251223.pdf
  • 日本銀行「金融システムレポート(2025年10月号)」(日本銀行、2025年10月23日)https://www.boj.or.jp/research/brp/fsr/data/fsr251023a.pdf
  • 日本銀行「金融市場調節方針の変更について」(日本銀行、2025年12月19日)https://www.boj.or.jp/mopo/mpmdeci/state_2025/k251219a.htm
  • 「長期金利上昇2・070%」(共同通信、OANDA Lab転載、2025年12月30日)https://www.oanda.jp/lab-education/market_news/kn_2025123001000819/
  • 総務省統計局 統計メールニュース1820(全国消費者物価指数 2025年11月分)(総務省統計局、2025年12月19日)https://www.stat.go.jp/info/mail/pdf/20251219_no1820.pdf